「寡欲則心自安」
平成最後の年賀、今年こそ穏やかな日々を新しい年号が運んできてくれることを願います。
「寡欲(かよく)なれば則(すなわ)ち心自(み)ずから安(やす)らかなり」
物欲が人間の持つ最も厄介な欲望のひとつである。
所有欲を減らし、最終的には無一文になることを目指す。それが実は、無限の財を手に入れる唯一の方法なのであると説かれているが、これは、マザー・テレサでないと、無理だわ。現に神の愛の宣教会のシスターたちの私物は、サリー2枚と洗濯用バケツ、聖書しかない。
仏教でも「小欲知足」欲を少なくし、足るを知る。
(自分のものだ)と思っているこれらのもの、わたしたちは何も持たず、はだかで生まれてくる。まさにそうだが、それを言葉通りに実行しては、皆さんに迷惑がかかる、病気になるだろう。
執着を離れる。それは、物質的なものを否定する唯心論ではなく、
美輪明宏さんも言っていたが、この世で手に入れたものは何ひとつ持って帰ることはできない。持って行けるのは魂が経験したことだけ。ひとつでも多く魂に刻んで還りたいものです。
(断捨離、心のデトックスをしなきゃまずい!) の衝動は、はだかで生まれ、はだかで歩き、はだかで暮らし、はだかで還る、いつもはだかになって歩くことを思い出させてください、
社会の澱(おり)偏見、差別、時代の歪み、両親の無念(代理戦争)がいつの間にか砂鉄のように沈殿し、トリックアートの階段の迷宮、永遠の階段。そこから出られない無限回路。前に進んでいるつもり。上に昇っているつもりでも、同じ所に戻ってしまう。心の奥深く入りこんだ砂鉄は、両親、友達、先生、社会、時代、外から入りこんだものでも、自分の心と同化してしまい、区別することはなかなか難しい。
日々、わたしたちは選択し続けている、その無数の選択の堆積でもありますが、それらをそのままにし、日常をつつがなく送るより、(いったん洗い直したい!) (見直したい!) その衝動が、断捨離、(たまったものを捨てていきたい!)と行為に現れるは、心のデトックスをしたいのであろう。
所有欲が強いのは、欲しい何かを外側から埋める代償行為とも言われているが、それとは真逆の心理状態。
ハーバード大学の75年にわたる700人の追跡調査で、「幸福な人生に、金銭は生活に必要なだけ確保されていれば、それ以上は必ずしも幸せにつながるとは限らない」の記事があったな。
そういえば、ホリエモンも、生き方を変えたな~ ホリエモンは頭が良く、努力家、読書家。だけど昔のホリエモンがやっていたお金儲けのみの追求はやっていないだろう。だから、支持する人がいるのかもね。
わたしは、物欲よりも、むしろ、承認欲(人に求める)がやっかいだと思うんだけどなぁ~、あとは一体化願望が強い(支配的)人だと、気疲れしてしまうかな~
平成っ子は、断捨離絶賛推奨だが、
昭和の空気は、高度経済成長期で豊かさの追求の時代、「3種の神器」カラーテレビ、冷蔵庫、洗濯機を持つことが憧れであった。企業戦士の言葉も生まれ、「一億総中流」意識が強かった。良い人生とは、マイホームを持ち、物質的に豊かであることだった。
1989年、株価最高値38,915円を記録し、高級品、ブランド物、高級車を競って所有しようとした。
だが、猛烈に働いた企業戦士の子息は、ファージ―、今の「ゆるふわ」とは違う快の追求に明け暮れ、平和豊かボケでせっかく就職した会社も3日で辞めてしまう新人が多い、一昔前の調和的であろうとする「ゆとり世代」とは違って、正社員よりも自由に休みがとれる派遣が人気で、正社員を尻目に行きたい時に辞めて、海外旅行した派遣の女の子たち、やまんばであろうと、ガングロであろうと、アパレルは高くても、手軽にできる高額バイトが溢れ、(去年のは着ない)と、飛ぶように売れ、ファッションを、ルーズソックスなど、コギャルが牽引していた。給料は上がり続け、将来はもっと良くなると、先行き不安を感じることもなく、普通の若い女性がルイ・ヴィトンを持ち、節約よりも着たい服を着る、散財し、青春を謳歌していた。
だが、平成に入り、バブルが崩壊し(平成3~5年)、1973年(昭和48年)12月から続いた安定成長期は終わりを告げ、リーマンショック(2008年)の、失われた20年間、デフレに突入した。デフレが当たり前となっている時代に生きている若い人は堅実。バブル期を生きた人を内心羨ましく思っている。そのレガシー(遺産)を求めているから、素直。オバサンやオジサンをバカにし、一切聞かなく、若者文化を創り出していた一昔前の小生意気な若者と違って、人生経験に耳を傾け、お金のある魅力的なおじさんが好かれている(恋愛感情とは違うらしい)。対等意識が強いので、昭和の「女は~」と、養うから家で何もしない、は受けつけない。
昭和は、普通の人が美食、ブランド物を着る、泊まるところぐらいは非日常がいいと高いところに宿泊することに価値があったが、
平成は、ラグジュアリー(贅沢、華美)にお金をかけるよりも、節約がもてはやされ、お金をなるべく使わないで、生活を楽しめる方向性にいっている。だが、本当のお金持ちは、隠密に一流のものを味わい、いいものに囲まれている。
平成は、試行錯誤の時代、これまで常識とされてきたことが揺らいで、良い人生とは何かをみんなが考えるようになった。
なぜなら、幸福感の指標が、経済的成長、物質的豊かさに重点が置かれ、男は外で働き、女性は結婚し、家庭に入ることが永久就職、どこの家庭でも中流意識を持っていた昭和の時代と違って、
仕事、出世、収入、安定した環境、称賛、生きがい、夢、健康、絆、人間関係、家族、パートナー、愛情etc.
幸福感、価値観の多様化でもあるな。
2019年は新しい時代に移行、
1人1人にとって、本当に大切なものは何か、本当に良い人生とは何かの答えをそれぞれが出していくのだろう。
著作権フリー
それぞれ、家族の形の形態も、生き方も違い、考え方も違い、多様性に満ち、違い、差異を受け入れ、調和していく包容力も必要とされてくる。
もういい加減、理想疲れによる感情的な反動は、真の解決にならない。
Aと思うと→Aとなる世界が現れる
Bと思うと→Bとなる世界が現れる。
心と世界はつながっている。自分が思う(イメージ)ことで、人生が創られてゆく時代なのかな~