旧約聖書偽典のヨブの遺訓には、ヨブが突然災難に見舞われたのではない様子が描かれている。核となる部分だけを書くと、
主は次のように言われる。「もしもお前が悪魔の場所を清めようとするならば、彼は怒ってお前と戦いを始めるだろう。彼はお前を殺すことだけはできないが数多くの災難をお前にもたらし、お前の財産を奪い取り、お前の子供たちを殺すだろう。しかし、もしお前が耐え忍ぶならば、わたしはお前の名前が、この世の終わるまで、地上の全世代に知れわたるようにしてやろう。そしてお前の財産をお前に戻してやろう。しかも二倍にして帰されるであろう。」
わが子らよ、そこでわたしは彼に答えた。「死に至るまで耐え忍び、けっして引き下がりません」。
となる。ちなみにここでの“悪魔の場所”とは、我々が住む地球である。
なるほど確かに、理由もないのにヨブが突然災難に遭うことはない。突然試練を受けることはない。彼は義人なのだから。
人は、起きた出来事に意味を見出したがる。
コヘレトの言葉にこうある。
“ただし見よ、見いだしたことが ある。
神は人間をまっすぐに造られたが
人間は複雑な考え方をしたがる、ということ。”
聖書外典偽典別巻補遺Ⅰ ヨブの遺訓;日本聖書協会 聖書新共同訳 ヨブ記、 日本聖書協会 聖書新共同訳 コヘレトの言葉 第7章第29節