第四章 『給食』と『盗み』

 

小学五・六年の時にも、相変わらずオシッコ、鼻くそ、タンの入ったパンを食べさせられたり、牛乳を大量に飲まされたりした。

 そんな毎日の中でも、ある時、変化が訪れた。放送委員の代理を頼まれたのだ。その期間、給食はコウちゃんが持ってきた。いくら教室から放送室に場所が変わっても状況は変わらないのかと思った。

「おーい、給食持ってきてやったぞ」

「ありがと」

「絶対残さず全部食べろよ」

「うん」

 そのコッペパンの中は、もちろんオシッコで黄色くなっていたし、鼻くそがついていた。ネバネバしたものは多分、タンだろう。他のおかずにもタンが入っているかもしれない。

 僕は牛乳だけ飲んで、パンは放送室の赤い小さなゴミ箱の中へ、力いっぱい投げ入れた、「こんなもん食えるかボケ」と叫んで。その他のおかずとかは、そのまんま給食室の大きな銀色の台の上にそっと置いた。

「ん?」「パンが置いてある」心の中で僕は言った。

迷わず盗もうと決心した。

そしてその銀色の台の上にあるパンを盗んだ。給食のおばさんに見つからないように、そっと取り上げた。心臓が少しだけドキドキした。少しだけしかドキドキしなかったのは、僕の心の中に、「このパンを僕が食べても当然だ」という思いがあったからだ。

 そして放送室に戻ってきてパンを食べた。おいしい。久しぶりに学校で堂々とパンを食べている。盗んだパンでも堂々と、大胆に口にくわえ込む。

「ああ、牛乳がほしい。失敗した……」

「明日は、先にパンを盗みに行こう」そう計画した。

 次の日、また総司が給食を持ってきたけど、別に気にしない。コウちゃんが教室に向かうのを見計らって、僕はまたそ~~っと給食室に入って、そ~~っと銀色の台の上に置いてあるパンを取り上げた。そして足早に逃げ去った。

「今日はもっと味わってパンを食べよう。牛乳もあることだし。あは」

あぁ、幸せだ。

 明くる日も、次の週も、そうしていられたけど、何回目かで給食のおばさんに見つかってしまった。僕の顔は真っ赤になって下を向いたままだ。

おばさんは言った、「いいよ、そのパン持っていっても」

「こんなにうれしいことを言ってくれてありがとう」という気持ちから、僕は「ありがとう」と言った。「パンをくれてありがとう」と言う気持ちじゃない。

 そのパンは多分、休んだ子のパンだったんだ。気付かずに盗っていた。

 けれど、何でこのおばさんは僕に怒らなかったのか、この頃は、「?」だった。

 

 

十四歳の時の思い

わたしは確かに、確かに罪を犯した。盗みはやってはいけないことだ。けれど、あの頃の《本当のパン》は美味しかった。

牛乳を飲みながら食べる、《本当のパン》はまた格別だった。口の中でパンと牛乳が出会ったとき、絶妙なシンフォニーを奏でる。最高だ。

 この、《パンを盗む罪》と、《パンを味わう幸せ》は、いわば等価交換だ。

 わたしは、罪を犯すために、自ら幸せを得る。幸せを得るために、罪を犯すのではない。

つまりはこうだ。本当のパンを食べることができる幸せを自ら得ると、「こんなわたしでもパンを盗むことはできるんだ。」という思いや自信があふれ出す。そして、罪を犯す。そう。《罪を犯す》という目的のために、わたしは本当のパンを食べまくるのだ。

 あの頃、給食のおばさんがパンを盗んでもわたしに怒らなかったのは、わたしがこの青田小学校で一番いじめられているという事実を知っていたからだと、やがて悟るようになったが、今でもあの頃の《パンを盗む罪》と《パンを味わう幸せ》は等価交換だったと認識している。