第七章 本来の日常

 

小学四年の二学期ぐらいから、僕は塾に通い始めた。何か習い事をしたかったからだ。みんな何かしらやっているし、学校であったいやな気分を紛らわしたかったからだ。

初めは、剣道とか少林寺拳法でも習おうかと思ったけど、学校で殴られたり蹴られたりしているのにその後でも殴られたりするのはもういやだと思って、やっぱり塾にしようと決めた。

母さんが探してくれたその塾は、古い昔ながらの塾で、教えてくれるのは漢字と算数だ。

 ちょっと遠いから、最初のうちは母さんとバスで一緒に行った。

 その塾では、表側では駄菓子屋さんをしていた。僕ら生徒は裏の縁側から入っていった。初めて着いて見た時、「うわぁ、古い家だなぁ」と思った。

 まず入って、最初に縁側の板の間の所で正座して、「お願いします」と言うことからするらしい。僕もそうした。何か礼儀も身につく。

そうしてプリント用紙をまず一枚先生から渡されて、問題を解く。その紙もなんか手作りで青っぽい字だった。どうやって作るかわからないけど、「いっぱい作る時にカーボン用紙みたいなものを敷いて書いて作るから、青っぽい字なのかなぁ」と思ったりした。

問題はちょうどいいぐらいに手応えがある。なんだか楽しくなってきた。

「これが塾かぁ。面白い

 この塾の先生もいい人そうに見えた。ふざけていたり答えをたくさん間違えたりすると、一メートルぐらいの竹でできた物差しで叩かれる。この先生、昔はどこかの学校の教頭先生をしていたらしい。どうりで厳しいはずだ。でもみんな、この先生を憎んだりうらんだりする気持ちは持っていないみたいだ。先生に叩かれてもそんな気持ちは持っていないみたいだ。

 塾にいる生徒みんなが、この先生を尊敬しているんだ。この先生は心が温かいんだ。生徒も一年生から六年生までいろいろと、三十人ぐらいいる。みんなが尊敬している。僕の通っている学校の生徒たちとは違う。ここにいる先生も生徒も、みんないい人だ。僕も、塾でだけじゃなくて、ここにいるみんなと一緒にみんなと同じ学校に通いたい。でももう無理だし。

「いいなあ」なんか心が温かくなった。

僕はこの塾にいる間は、本当に幸せだった。

もう一ついいことに、この塾、一週間に何日通ってもいいことになっている。毎日行って勉強してもいいのだ。それで、一ヶ月に払うお金は四千円。行った回数で変わったりしない。

いい所だ。僕は多分、ここで過ごした時の事を一生忘れないと思う。

 

 

十四歳の時の思い

 これが、本来の日常だ。名前は《塾》だけど、わたしは本当の学校みたいに小学四年生から六年生までの約三年間、ほとんど毎日通った。夏休みや冬休みにも通った。五・六年生の夏休みは、ほとんど毎日通った。伸び伸び勉強できる事に幸せを感じていたのだ。いい天気の日には歩いて通った。運動にもなる。

 塾の先生は、たまに息抜きに色んな話をしてくれた。

「これは何だと思う?」と言って、《エ》の字型の鉄で出来たものを見せてくれた。誰も答えられない。わたしもその答えられない一人だ。

「これは、鉄道の線路の一部だ。これがずっと合わさって長い線路が出来ているんだ。」

「へ~~~」初めて気が付いた。

とまあ、こんな感じのことが、たまにあった。

 わたしは、本来自分が過ごすはずの日常を、この場所で感じていた。わたしにとっては心地良い場所だった。

 わたしは、「本当は、学校っていうのはこう有るべきなんだ。先生というのはこう有るべきなんだ」と思う。