2月中旬ですが、またえらくたくさん雪が降り積もったなぁ。
でもまだ2月ですから、
ソチでは冬季オリンピックも開かれているのですから、
雪あって当たり前。
今シーズンは雪減少傾向だったんで、たまに多く降られると堪えますけど。

そのソチでは、
スノボの角野くんとモーグルの上村愛子さんが
素晴らしい結果を残してくれましたね。
メダルに届かなかったのは惜しい、ほんとに惜しいけど
(だって手が届くところにそれがあったんだから)
でも、メダルを取れたかもしれないことよりもずっと
素敵な、大事なものが彼女たちのこれからの人生に
豊かに降り注ぐだろうなと思いました。
角野くんは若いからこれからもチャンスはあろうかと、
通信制高校に通って自分の夢と意志を貫いたことは
多くの未熟さを見返すことになるだろうし、
上村さんはたぶんオリンピックにはもう出ないと言ってましたが、
彼女のオリンピックとともに生きてきた16年間は
もちろんオレなんか比較にならない、
だからあんなに涙がキレイなんだと
思いました。

ああ、人生は実に多くの示しゅんに満ちている。
息子にぶーたれてる場合じゃないわ。

古い友人が日本に帰ってきた。
中国の大連に住んでいる、彼の奥さまは中国人
会ったことはないけどきっとかわいい娘さんがいて。
ご夫婦とはおととし、大連のマンコーヒーであって以来、
日本では彼のおじさんにあたる方の葬式以来の、
約1年ぶりのごぶさたで。

ながの東急のきれいなお姉ちゃん前で待ち合わせ、と
メール送ったら「どうすりゃいい?」と
まじメール返してきた、おいおいシャレですやん。
半分冗談で「今夜は中華と和食どっちがいい?」と聞いたら
和食でしょう!即答。
「中華ってあなた・・・そんなに好きなの?おれは毎日食ってるけど」
と本気で聞いてきたので
実は今年になって3回も食べに行っているんだぜ、と。
おいおいシャレですやん。
あいかわらず噛み合わないトークで。

「築地市場」とい名の居酒屋へ。
そこに行く途中、「一番近い日本海」と看板だしてる寿司屋見っけ。
一瞬意味がわからず、ああそうか実際の海に行くよりも
近いってことかぁと。
海のない長野県らしい言い方だわね。

酔いもまわったところで、彼が
「いっしょに何か稼ごうぜ」
と言ってきた。
とりあえず100万出すって言ったらあんた乗る?とね彼。
そりゃあ金は欲しいけどさ、あんたさあ
具体性がなさすぎやしないか?とねオレ。
バブル時代の話でもちょいマユツバな話だぜ、それ。
昨日、とっても有意義な講座を受けてきたんですよねオレ。

まずは根っこだと
100万は木々の枝や花にぶら下がっている、とたとえるならば
そういった目の前のことばかりに気をとられて
本質を見失っている、と。

考え方なんですよってね。
ぼくは彼に言いました、いくら稼ぎたいかじゃなくて
何がしたいのか、それは誰かの役に立つことなのかってね。
影響受けすぎだ!って言いながら彼は不服そうだったけど
ぼくはあれから少し変わったんですよ。
意図的であるかそうでないかは関係なく
これからは結果的にひとをだますことには
手を染めないで生きていこう、と決めたんです。

そのあと、彼と弾き語りバーに行きました。
吉田拓郎の歌を二人で歌いまくった。
夢は現実になるって信じてた頃が
よみがえってきてしまって困った。
でもさ、もしかしたらさ
いけるかもよって。
誰がささやいたんだろう。

迫田 司さんのセミナーを聞きにいきました。
地吹雪の飯山なべくら高原へ。
ほんとに
まさに
なにも
見えない。
ぶわーっと地吹雪が舞い始めたら数秒間
なんにも見えません。
宙に浮いたような
UFOに拉致られるとき(未体験)のような
気がいたします。

この迫田さんって
熊本生まれのたぶん同い年で
カヌーしに四万十川に通って結局
住み着いてしまったという
それから地元に貢献してしまうという
デザインに関わるという形で
理想的な生き方をしておられる方で
風貌はビッグダディ
話し方は野田知佑師を彷彿させる
魅力的な方でした。

彼の印象的だったことば。
「みやげもの(土産)=その土地の生まれ=その土地の考え方」
その土地の考え方はつまり、「プライド」
うちの会社には真逆な言葉なのですが、
そのプライドをデザインにする、というのですつまりはだ
デザインはコミュニケーションツール、なのである。
真っ正直に嘘偽り無く伝えたいこと、であるべきなのである。
盛れない、ダメなものはダメと表現するのがデザインなのである。
そういうことです。

腑に落ちた。
飲めないのに懇親会に参加して
大雪の道をおそるおそる帰ることになった。
とても満足のいくセミナーだった。

原発にしろ、農業にしろ
国やマスコミが我々に知らせないことが実は
あまりにも多いことに
気づくのでした。