日本中の人が、『嘘でしょ⁉️』と信じられない思いだったでしょう。
新型コロナ陽性で重篤な肺炎と報道を聞いても、きっと元気になって、またTVで『いやぁ~大変な目にあっちゃったよ』と、まだ、10年、15年と日本中に笑いを届けてくれると信じていました。

ドリフの志村けん、その後、お一人で『バカ殿』・・・・

でも、私が最初に志村けんさんを見たのは1972年、確か私が中学1年生でした。4才下の妹と、父に大阪へ小柳ルミ子のショーを見に連れて行ってもらった時でした。
ショーが始まる前、緞帳の前に若い男性2人、コンビの漫才?コント?が始まりました。記憶ではセーラーカラーの服を来てて、ゴールデンハーフ(歳がバレますが、ハーフの女性4人組)をネタにしていたように思います。『マックボンボン』というコンビで、その1人が志村けんさんでした。ドリフに参加する前で前座でショーの前に少しの時間だけの出演でした。

その後、数年が過ぎ、ドリフの志村けんとして、アッという間に人気ものに。
前座なのに、何故か印象的で顔も覚えていて、父と『この人、小柳ルミ子のショーの前座で出てた人だよね』と話しました。

そう考えると、直接会って話したことも無いし、あちらは私の存在すら知らなかったけど、『長いお付き合いでしたね』って、そんな気持ちになります。本当に新型コロナが憎いです。天国で、いかりやさん、荒井さんと再会なさってるでしょう。