2006年、次男は骨髄バンクでドナーが見つかり骨髄移植を受けました。移植後もそれは辛い、キツい闘病生活でしたが何とか乗り越え退院出来ました。一年遅れで受験し、大学へも通い始め新しい友人も出来ました。定期的に通院、検査を受けながら無理のない程度にバイトも始め
3年経った夏の盛りに再発を告げられました。絶望のどん底に突き落とされた私達家族でしたが、セカンドオピニオンも受け、もう一度、今度は白血球の型が一部違っている長男から移植することになりました。
2度目の移植は最初の移植時以上、はるかに厳しく辛いものでした。移植した細胞が次男の身体を自分とは違うものと認識し、攻撃するGVHDと言われる移植片対宿主病というものです。次男は高熱、目が開けられない、舌に複数の腫瘍、皮膚の痛み・・まるで地獄でした。私は病院に泊まり込み必死で看病しました。目が痛くて開けられないまま、一応退院の日も決まったある日、また再発している事を医師に告げられました。高齢ならば、もう諦めて残された時間を出来るだけ苦しみのないように過ごすことを勧めるが、まだ若いのでもう一度移植を・・と主治医が夫と私に言いました。一旦退院して家で一月ほど過ごしてから本人に再々発、再々移植の話をしましょうと主治医は言いましたが、もうすでにギリギリまで追い詰められている次男に再々発を告げて精神的に大丈夫なものか不安でした。
しかし、退院して1週間も経たないうちに次男が病院に戻りたいと言い出しました。身体があまりにつらく、家では過ごせないと思ったようでした。すぐに再入院しましたが、発熱を繰り返し、ある朝、私が目を覚ましたら意識がなくなっていました。ICUに入り、主治医から肺が硬くなる病状で、もう数日かもしれないと告げられました。私は再入院からずっと病院に泊まり込んで奇跡を祈りましたが、意識は回復したものの人工呼吸器につながれ声を出せない、また目も開けられないないまま次男は天に召されました。2010年10月でした。