前の日記で、「好きになってくれる人を好きにならないといけない」、と書きました。

それは幸せになるための最短コースだと思います。


ただ、「好きになった人に好きになってもらうこと」を否定もしません。

私が否定するのは、「好きになったけど、振りむいてくれない人にいつまでも執着する」こと。

ここに書かずとも、世間の大半女子達は、そんなこと不毛なこと長く続けたりはしないのだろうけど。


私は少女漫画を読み漁って育ったからなのか、大まかに言えば次のような思想が心の底に根付いていたように思います。

「いつか思い続けていれば、奇跡が起きて愛する人と運命的に結ばれる」


ありえないです。

当然ながら奇跡なんて現実的じゃないし、人間の行動パターンを考えても論理的じゃない。


でも、数ヶ月前の私は、どこかで自分にはドラマチックな運命が待っているように思っていて、

「この人のことをこんなに好きなのだから、運命の相手なのかも。だから、頑張っていれば必ず結ばれる」というような妄想が、心の奥底の隅の方に根付いていた気がするのです。

私は基本的には普通に現実的な人間なので、こんなことまじまじと考えていたわけではないけれど、不毛な恋愛にさっさと見切りをつけられなかった原因は、この少女漫画的な幻想が無意識の奥底にあったからのように思います。


こういう幻想が心の底にあると、つらくても酔ってしまうのです。つらさそのものに。

そうして、『つらいつらい、やめたい』と言いながら、ドラマチックな環境(ドラマチックといっても報われなくて苦しい状況なだけ。かっこよくも素敵でもない)にある自分を心から嫌悪できず、そのため変わろうとか変えようとか思うことが出来ず、いつもでも不毛な苦しみを捨てられないのです。


苦しみを嫌悪して捨てるとき、それは長く続けた不倫にある日突然見切りをつけて、振り返ることなく別れを告げる心境に似ているかもしてません。

「なんて無駄なことやっていたのだろう、もったいない。変わらなくちゃ」みたいな。

目が覚める感じですね。

運命はないのだと気付いた時に、自分の心がすとんと納得出来た時に、苦しみに対する幻想を捨て去って嫌悪することが出来るのだと思うのです。


ちなみに、苦しみに妄想を抱いているうちは、苦しみ「込み」の苦境を自分がいとおしんでいるので、友人が

「そんな恋はやめたほうがいい」と心配して助言してくれても耳を貸せないでしょう。逆に、自分の恋を否定する友人を憎むことすらあるかもしれない。

私は憎むまででなくとも、否定をされるたびに心の中で腹を立てていました。

「何がわかるの。部外者がちょっと話を聞いたくらいで分かったようなこと言わないで」って。


一つ前の恋をしていたとき、私はずっとそんな感じでした。


だからこそ今は強く思います。

理論に基づいた人間の行動・思考パターンだけが、それなりの結果を作り出す。

乙女幻想を捨てて、現実を見つめなければ成功と幸福は手に出来ない。


運命は無い。

振り向いてくれない人との間に奇跡は起きない。

いちばんすきなひとに、いちばんあいされるようになる。


それが私の願いです。

でも、いままで一度も、この想いが満たされたことはありませんでした。

好きになってくれない人にやっきになって、ごり押しをしてしがみついていたから。


そのままではいつまでたっても、幸福は手に入らないんだ。

自分を好きになってくれて、自分を気に入った人の中からパートナーを見つけないと、自己満足はあっても、幸せにはなれない。


恋の辛さの中で『ルールズ』という本に出会い、やっとそれに気付いたのでした。


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