「仕事で泣いたこともキャリアの一部だと思う。

仕事で泣ける人はきっと幸福」


通勤している電車の中で、DODAの広告が目に飛び込んできたはーと目


3年前の私がその広告を見たら、辛すぎて電車で失神していただろうずーん

もしくは、気が狂ってその広告を破り捨てていたかも・・・しれない涙!


そう、私はずっと泣きながら仕事をしていたのだ泣き1


社会人丸3年過ぎた頃には、もう涙も干からびた・・・と思ったが、まだまだ涙は出るらしい。


泣ける仕事がしたいきらきら、企業と人の橋渡しをしたいきらきら、人のキャリアのお手伝いがしたいきらきら、都会の街並みでスーツにハイヒールでカッコよく歩きたいきらきら、数字に直結する自分で会社の利益を生み出す仕事がしたい、、、、きらきら


そんな思いで新卒で入った憧れの業界、憧れの仕事。


全ての目標は達成できたシャキーン


でも、それまでの日々は、輝かしい日々とは程遠い、泥臭い日々・・・・・・ヤバイ



けれども、仕事でトラブって、泣きながら会社に残っているとそっと缶コーヒーを出してくれた男性社員(独身)コーヒー


もう私ダメです・・・辞めたい・・・と電話で泣きまくったら、私の家まで急いでアルファロメオの車を走らせてきて、話をずっとずっと聞いてくれた男の先輩アルファ156 P2


はたから聞いたら、きゃ------っキラキラドラマみたい-------っハート素敵―――――!好きって思われがちだが、もう本当にメンタル限界ながら働いているもんだから、そんな独身男性がコーヒーそっと渡してくれたからってきゅん、とくることもなく、なんなら、びしゃびしゃに泣きながら、


「優しくされたら余計悲しいんで、これ以上優しくしないでください。」


と、鼻水たらして言ってみたりしていた私は、本当にKYだったカスパー04


アルファロメオに限っては、元気づけようとしてくれて、夜景ドライブに連れっててくれてちょっとLOVEな感じにもなったが、それもうやっぱりメンタル限界だから、車乗りながら夜景も見れないほどうつむき加減で参ってて、そんなもんだから、山道車酔いして吐きそうになって、山のトイレ行ったりもしたなお便所


・・・・・・。


オンナとして一番いい年齢だったはずがっかり


でも、今思えば苦しくて、しんどいながらも、今思えば常に必死で、一生懸命で、一ミリたりとも悔いはない*!

同期たちも真面目でいい子ばかりで、この業界でこの仕事がしたくて入った子ばっかりだったので、みんな自分との闘い。


精神安定剤飲みながら働いていた子もいるしむんく、電車でわき目もふらず泣きながら出勤していた子もいたし109上司が通る度、じんましんできている子もいたけど、みんな3年は頑張った!!


ほぼみんな意地とプライドで続けていたようなもんだけど、今会っても、誰一人後悔している子はいなくって、


「いろいろしんどかったけど、この仕事をできて良かった、悔いはない。」


「だってやりたかった仕事だったから。」



と全員の同期が口を揃えて言うemi


そして、みんなみんな次のステップへ行ったy’s



私も今だから言えるけれど、ホントあの時が過ぎたから言えるのだけれど、吐きそうなほど辛い日々だったけれど、そんな仕事に出会えて幸せだったな、と思うしあわせ


泣ける仕事ができるのは、そうそうない気がするから苦笑♪


悔しくて泣いたこと。


辛くて泣いたこと。


嬉しくて泣いたこと。


訳も分からず泣いたこと。


お茶漬けのわさびが目にしみて泣いたこと。(?)




でも、人材ビジネスの醍醐味は今も忘れもしないあの一言。


「マイケルさんがいてくれなかったら私、この仕事就けてなかったんですよね?!

ありがとうございます!!!!」


汗まみれで、何回も飛び込み営業していたあの会社走る


やっと人事担当者が心許してくれて、私だけにもらった受注。その受注(求人案件)に、マッチングする人がいて、採用になった瞬間ダイヤ


道路が「地図に残る仕事」なら、


私は、人の「職歴に残る仕事」ができた、


そう感じた瞬間は、今でも忘れない猫・うっとり


その人がもう一度、退職の時に私に言ってくれたあの言葉は、私の泣いたキャリア一部になりましたスキ




転職して一年。


泣いたことは一度もない。


でも、楽しく、やりがいのある、幸せな仕事をしています嬉しい



それでも働くオンナたち~Working Woman~

震災から約100日・・・・

毎日の新聞で徐々に徐々に、行方不明者の数が減っているのが分かる新聞新聞



東北にもあしなが育英会が震災遺児の支援のために、「東北レインボーハウス」ができるそうな家


あしなが育英会とは、病気や災害、自死(自殺)などで親を亡くした子どもたちや、親が重度後遺障害で働けない家庭の子どもたちを物心両面で支える民間非営利団体で、国などからの補助金・助成金は受けず、すべて寄付金で運営している。寄付の9割以上は個人の方からだそう。



そういえば、大学生の頃、神戸にある「レインボーハウス」にボランティアに行ったのをふと思い出したビックリ

神戸レインボーハウスは、阪神大震災遺児のために作られた支援施設家

その頃私は、臨床心理士(心理カウンセラー)を目指していた。大学院に進学しようか、就職するか迷っていたので、迷ったら即行動逢いたい!!と思ってボランティアに参加することにした走る


しかし・・・・・


結果的に私は臨床心理士になることを諦めたチーン



そのボランティアでは学生や社会人ボランティアが、ファシリテーター(癒しの手助けをする人)として心のケアプログラムに参加する。そのボランティアでは、震災遺児だけでなく、家族が自殺した子も含まれる。これは予想外だった。


遺児の死別体験や遺児がどのような気持ちを抱えているかを聞きだしたり、気持ちを吐き出したりするのを必死で、理解し、サポートする。


時には嗚咽をもらしながら泣きながら話す子、話したくないのか、一言も発さない子。感情の出し方も様々で、話を聞くことしかできず、聞いていても理解しようとしても、どうフォローしていいか、全く分からず、難しかった泣く

その頃の私は、大切な人を亡くした経験もなく、大学で学んだ心理学の勉強も全く役に立たない世界だったのだトボトボ



特に家族が自殺した子に対してはどう接していいかわからなかった。気軽に接することもできない雰囲気で、内容もかなりヘビーなこともあり、私は蛻の殻のように、精神的・体力的にぐったりと疲れてしまったのである泣涙無力感で疲れる経験は初めてだったがっかり


そんな無力さから、なんの苦労も辛さも知らないカウンセラー、そして社会を経験していないカウンセラーもちょっとどうかと思い、社会に揉まれるために、そしてカウンセラーという目標も果たせる職業、「キャリアカウンセラー」ができる会社・職業に入社を決めたネクタイキラキラ


しかし、社会に揉まれすぎた感は少しあるが・・・かお


やはり人の心は難しい。。。汗

仕事している人の99%はみんな悩み、しんどい思いをしている・・・


キャリアをお手伝いするだけでなく、自分で行きたい方向に行けるように手を差し伸べる仕事ハート

「マイケルさんがいたから、私ここまで頑張ってこれたんですきらきら!」と言ってくれる人もいれば、
面と向かって、「マイケルさんには私の気持ちなんて分からないですよぷんぷん!」と泣きながら言われたり、「マイケルさんは結局クライアント(お客さん)が大事なんですよね怒った顔」、と言われたりもした。


そんな悩める社会人たちを100人も担当し、毎日話を聞いているのだから、まぁ泣きたいのはこっちのほうだったし、誰か私の悩みを聞いてよ~もじゃもじゃみたいな感じなのだがそこを何とかこらえ・・・・あはv


「私の気持ちなんて分からないですよね!」と言われても、特殊なケースだと、アナタと同じ経験したことないから、分かりようもないというのが本音だが、やっぱり分かってあげたいけど、私はアナタじゃないしやっぱり100%は分かってあげられない泣



寄りそってみたり、話をず~と聞いてみたり、涙をふくハンカチをそっと渡してみたり、「頑張りましたね」、とか、「出社してるだけで偉いんですよ」、みたいな安っぽいお坊さんのようなコメントしてみたり・・・しゅん



いろいろなケースを対応していくうちに、経験がモノを言い、ずいぶん信頼してくれる人も増えた。

それでもやっぱり、良かれと思って気を使っていたことが、逆に寂しく思われていた時もあったし、こまめにフォローしていたら、「私はあんまりフォローいりませんから大丈夫です」とか言われてみたり。


ホント人って十人十色で、マニュアルがないあひる



~誰もがみんな大事なものを抱きしめてる

人それぞれの価値観 幸せ 生き方がある

「他人の気持ちになって考えろ」と言われてはきたけど

想像を超えて 心は理解しがたいもの~


おんぷ。『口がすべって』~Song byMrChildrenおんぷ。


そう、ホント、人の気持ちや心は想像を超えて理解しがたいもの。


東野圭吾の小説で、本で泣くことはめったにない私は、この文章で号泣した泣き1

-人はだれでも消えない心の傷があったりする。それを癒す方法は人それぞれだ。周りの人間にはなかなか理解できないが、だけど大切なことはね、「理解できなくても、尊重することだ」と俺は思う-


と。


尊重とは、価値 あるもの、尊いものとして大切 に扱うことである。
そう、大切に扱うキラキラ


それが~音符一番大事~音符(大事マンブラーズの歌詞のように)


困ったり悩んだりしている人が、私にすべての感情を吐き出せるようなお手伝いができたらいいな、そんな人になれたら、と思うえへへへへー


男女雇用機会均等法ができてはや25年アップ今や女性もバリバリ働く時代。仕事と家庭や子育てなどと両立できるようなしくみを作るため、今は企業の人事部には「ワークライフバランス推進室」と呼ばれる専門の部署ができたり、女性活躍推進の専任部門として「ポジティブ・アクション推進プトチーム」とができたり、「ダイバーシティ」という言葉もよく聞きます。


ただ、社会人になって身をもって感じたのは、男の人と同等に働くのは、本当に、本当に大変だ・・・・ということガーンよく男友達と仕事の愚痴なんか、飲みながら話していると、女性と男性では、働くことにおいての心の持ち方が違うとふと感じた。ある程度私の周りの男性たちは、一生懸命仕事をやるのは最もなのだが、きちんと手を抜くこともしていて、ある程度割り切って仕事をしている得意げ


ところが、女性は一生懸命で、全力。割り切ることもしているが、結構前のめりで、全力投球で仕事をしているのだメラメラ


この違いに気付いた私は、こう考える。


やはり、男性は社会通念上、「一生働かなければいけない」使命とプレッシャーがある。結婚・出産してというイベントが人生にあったとしても、男にはなんら仕事とリンクしない。逃げ道が全くない。だから、ある程度、自分をコントロールして手を抜いていないと、先がもたないのである馬


しかし、ある程度女性は、働きつつも、頭のどこかで「一生働くわけではないのかも・・・」という意識がある。これも社会通念上、「どこかで結婚して、子供ができるまで働いて、子供が小学校上がったら退職してパートかな?」みたいな得意げ


オンナは何かとリミットがあると言われる。結婚とか出産とか、もろもろ。

だから、仕事なんかしちゃうと本能的に、今だ-------っテレビ仕事できるのは!みたいな感じ全力で、あまり手も抜かず、働いてしまうのかもしれない。



営業で出会った、コンピュータ大手メーカーの日本ヒューレットパッカード㈱(通称hp)の女性マネージャーは、ホント、デキる女性。女優のかたせ梨乃を若くしたような感じで、美人でスタイル抜群恋の矢しかも巨乳~音譜独身のアラフォーであるaaaa


部下を何人もまとめ、男性社会である日本hpの中で頭角を現し、マネージャーというポジションとなったのだかんむりなんせ外資系大手メーカなので、相当稼いでいると思われる。苦労もたくさんあったに違いないが、とにかく頭がキレるキラキラ


支店に私宛に電話がかかってきても、電話を取った誰もが、「マイケルさん、早口で聞こえない人から電話です」と、毎回言われるくらい、超早口汗泣商談を1時間しようもんなら、私はいつも前のめりで、メモを取りながらメモ、確認もしながら、必死で食らいついていくのである。


彼女が話したことを瞬時に理解していないと、鼻で笑われそうな勢いなのだうーんでも仕事以外のプライベートな話も1時間くらいしたりする。


面白くてパワフルで素敵な女性なのだサンダル


彼女の面接のこだわりは2つ。


① 私服で来ること(必ず):その人自身の個性や、周りと馴染んでいけるかの判断になるので。スーツで来た人は一瞬で不採用になったことがある。


② 遅刻はいかなる理由でも不採用:たとえ人身事故や大雨で電車が遅れようとも、ダイヤが乱れようとも、面接に1分でも遅刻した場合は不採用。彼女曰く、そのいかなる場合でも面接という、自分のプレゼンテーションの場で遅刻してしまう、という計画性のなさが、仕事のできなさを現してしまうからアウト!とのこと。バッサリorz


いつもテキパキして、判断も早く、部下の面倒見もいい。上の人にもきちんと意見も言える。

使っている側なのに、私のような業者に対してもフラットで、お願いしても、メールしても即レスで、いつも何しても早いダッシュ


そんな彼女に、ある時お伺いしようと電話すると携帯


突然入院したと・・・顔点滴

なぜかその社員は理由は教えてくれないなぜ


救急車救急車救急車パトランプパトランプパトランプ救急車救急車救急車病院病院病院


私は目ん玉飛び出るくらいビックリした。先日あんな元気だったのにムンクの叫びなんで!?と腰が抜けた。



そして・・・時は過ぎ・・・・病院病院病院



彼女から復帰のメールが手紙



彼女が復帰してから、お見舞いがてら、お会いした時のこと。



なんだか雰囲気が柔らかくなっているのだnipa*いつもどおりテキパキしているところは変わりないのだが、なんかスッ~っと落ち着いたゆとりに満ちた感じになっている座椅子猫


おそるおそる、入院時のことを聞いたら、なんと、首のヘルニアで入院していたそうかお首のヘルニアって?!と聞くと、それはそれはもう、激痛の激痛で、彼女曰く、「一生で一番痛くて、きっと出産より(出産したことないけど)百倍痛かったと思う」と。朝起きて激痛すぎて、救急車を呼ぶのもやっとだったそう救急車



よく、腰のヘルニアは聞くが、首のヘルニアとは、首の頸椎と頸椎の間でクッションの役をしている椎間板が後ろへ飛び出し、神経が圧迫され、激痛などの症状を起こすらしい。その痛みで失神したそうアワワ


もう聞いているだけで痛いのである汗



彼女は、すぐに全身麻酔の手術になったそうだが、リスクとして、右半身不随で一生戻ることはないだろうということ、首から胸あたりにメスを入れるので、痕が大きく残る可能性を宣告されたびっくり


でも、この激痛をなんとか、と思い、手術したそうだ点滴


その後というもの、お年頃の女性なのに、ベッドに寝たきりで、トイレもお風呂も一人で行けない中、若い看護師や男性のヘルパーなどに介助される日々は、本当にプライドも何もなくなりそうなくらい、恥ずかしい日々だったそうううっ...そりゃぁアラフォーものなって、全裸見られてお風呂も入れてもらうんだから、恥ずかしいこと限りなかったそうむっ



そういった日々の中で、病室のベッドの上で彼女はふと思ったそう。




仕事頑張って、それなりに稼いだけど、


お金あっても¥健康じゃなかったら、


そのお金を使うこともできない…目


と。




仕事のストレスが起因していることは紛れもない。



でも!リハビリしながら奇跡的に、麻痺も残らず、腕こそ少し上がりにくいが、1カ月ほどで無事退院!!ホントに良かった・・・・



それからというもの、彼女は仕事のやり方を変えたそう電球


遅くまでの残業していた日々もやめた。

土日出勤もやめた。

気を使って行っていた会社の飲み会や付き合いもやめた。

家での持ち帰っての仕事もやめた。



「無理はしない」



そう決めて、復帰して、今に至る。


今では、やることやってパッパと家に帰り、体壊したことで興味をもったベジタブルマイスターの資格や、漢方に興味を持って勉強しているそう音符



この、「無理をせずに働く」、というのが本当に難しくて厄介だ困るもじゃもじゃ



私も、体壊して休職したことがあるが、分かったことは、「体壊しても会社は何にもしてくれない」ということしょぼん

体壊してまで働いて得たものは、忍耐力と、営業成績と、それに見合った給料くらいだ困った


さらに腸炎に胃炎にじんましんに頭痛に・・・・とてもたくさんのお土産がついてきたガックリ・・・


ガンバったことに全く後悔はないが、そのお土産は、ず~っと体に潜むのであるあへへ



今思うと、体のサインはたくさんあった。そのサインを見て見ぬふりしていたし、自分の体のマネジメントが全くできていなかったガーン


その彼女も、激痛が走るちょうど一週間前に、手がはれて医者に行ったのだが、その時は医者も見落としたのだが、首のヘルニアの予兆だったそう。



仕事も大事だが、自分を大切に労わることも大事だ苦笑


自分のかすかな体のサインに気付き、ケアしてメンテナンスしてあげる好

「心と体は繋がってるんだからっ!」


と同期が再三、口にしていた。



健康第一!!


仕事で体を壊すことほど、バカげたことはない顔、と今では思う。



自分がやらきゃ!と思いがちだが、自分がいなくても、きちんと周りがフォローしてくれます(フォローせざるを得ない)。ちょっと手を抜いたからって、世界を揺るがす大事件には発展しませんすーぱーきのこノルマ達成しなくても殺されないし、アメリカみたいにリストラされませんカスパー07


少しは自分をラクにしてあげるのも大事ぽっ


やる気のない時は、ないなりにやればいいぽっ


体壊してまで、やるほどの仕事は、官僚以外、この世にありませんわたし(言い過ぎか?!)

体張ってまでやる仕事はあるかもだけど・・・。



陸上選手がベストタイムを出す時、心身ともにリラックスして、筋肉がほぐれている状況の時らしい。ダンベル?

筋肉がカチコチになっていると、思うように体が動かず、必要な馬力が瞬時に出ないんですってガッツ



これは仕事にも言えることで、気を張ってゴイゴイ仕事しているよりも、ちょっと肩の力を抜いて、リラックスしているほうが周りも安心して仕事頼めるし、決めなければいけない時に、きちんと力を発揮できるといえますきゃ



実際、私は休職する前は120%くらいの力でメラメラ、超マジメに仕事していたが、休職後は、20%の力で、パート社員の気分でやると心に決めましたたはっ

(20%は低すぎないか?という声があったが、頑張りすぎる性格なので、心持ちだけ20%で、実際は70%で仕事をするように心がけましたテヘ


会社携帯が鳴り続けてもあえて出ない、残業せずすぱっと帰る、家で会社携帯の電源を切る、アポイント以外の時間は、百貨店行ったり、お茶タイムに使うなどなど・・・



すると・・・・



あんなにガムシャラに働いていた休職前と、ゆる~く仕事していた休職後での営業成績は、



なんと、



変わらなかったおー

むしろ休職後のほうが成績が上がり、年収が過去最高をマークするまでになりましたあははー‥

同年代の男子より稼いだ自負はあるゼ・・・。



やっぱり、ある程度のペースがつかめて仕事できるようになった後は、やることやって、少しだけ手を抜きながら、休みながら、


「リラックスして一生懸命」



が一番良い仕事の仕方ですキラ



休むのも仕事ぽっ


手を抜くのも仕事ぽっ


自分の体と向き合うのも仕事ぽっ



自分という商品をメンテナンスするのも仕事ぽっ



20代前半はバリキャリでもいい頑張る


でも、20代後半からのアラサーは、ゆるキャリのすすめふふふ



プライベートを120%満喫できる力を残せる仕事の仕方をしよう、と心に決めた4年目の春でしたニコ



あなたのワークライフバランスは、何対何ですかねこはてな



それでも働くオンナたち~Working Woman~