エル・シドロン洞窟の悲劇が起きた4万3000年前には、気候が一段と寒くなり、ネアンデルタール人は欧州のイベリア半島と中欧、地中海沿岸の限 られた地域に追い込まれていた。加えて、アフリカから中東、さらにその西へと向かう現生人類の進出も、分布域の縮小に追い打ちをかけた。それから1万 5000年ほどで姿を消し、あとにはわずかな骨と多くの謎が残された。

 ネアンデルタール人と現生人類の分布域が重なっていた約4万5000~3万年前に、いったい何が起きたのか。なぜ一方だけが生き残ったのか。エル・シドロン洞窟に眠っていた骨に、その手がかりが残されているのかもしれない。


ネアンデルタール人をめぐる謎

 現生人類の進出以前に、欧州にほかの人類がいた痕跡が初めて注目されたのは、150年ほど前のこと。1856年8月、ドイツの都市デュッセルドル フからほど近いネアンデル渓谷( タール )で、石灰岩を切り出していた労働者が骨を発見した。まゆの部分が極端に張り出した頭骨(とう こつ)の一部と、数本の太い手足の骨だった。

 洞窟に住む、知能の低い粗暴な原始人 - ネアンデルタール人については発見当初から、そんなイメージが広がり、長いこと信じられてきた。確かに、化石の大きさや形から、体型は筋肉質でずんぐりし ていて(男の平均は身長約160センチ、体重約84キロ)、大きな肺をもっていたと推測される。ネアンデルタール人の男が寒い地域でその体を維持するに は、1日5000キロカロリーのエネルギーが必要だったという試算もある。これは、3000キロ以上の道のりを走り抜く過酷な自転車レース、ツール・ド・ フランスの出場選手並みの消費カロリーだ。

 とはいえ、低いドーム状の頭骨に収まった彼らの脳は、私たちの脳の平均をわずかながら上回る大きさだ。道具や武器は、欧州に住みついた現生人類のものと比べると原始的だったが、その頃アフリカや中東にいた現生人類の技術レベルには決して劣らなかった。

 ネアンデルタール人と現生人類の遺伝的な関係をめぐっては、ずっと激しい議論が繰り広げられてきた。約6万年前にアフリカを出始めた現生人類に は、ネアンデルタール人との間で種を越えた血の交わりがあったのか。1997年、当時ミュンヘン大学にいた遺伝学者スバンテ・ペーボ(現在はドイツ・ライ プチヒのマックス・プランク研究所所属)が、混血説に大打撃を与える研究結果を発表した。

 ペーボらは、ネアンデル渓谷で発見された腕の骨からミトコンドリアDNA(細胞内のミトコンドリアに含まれるDNAで、進化の系統を調べるのによ く使われる)の断片を抽出した。その378個の塩基の配列を解読し、現生人類と比較した結果、両者の分岐した時期は、現生人類がアフリカを出るよりもはる か前だったことがわかった。共通の祖先から枝分かれした後、異なる地域で、別々に進化を遂げたと考えられる。

生人類と共存していた時代、ネアンデルタール人の身に何が起きたのか。なぜ彼らだけが滅びたのか。そのヒントはDNAと歯に隠されていた。

 人間の骨を二つ見つけた――1994年3月、スペイン北部ビスケー湾のすぐ南にある洞窟(どう くつ)を踏査していた探検家たちから、地元の警察 にこんな連絡が舞い込んだ。エル・シドロンと呼ばれるその洞窟は、人里離れた森にあり、スペイン内戦のとき、人民戦線の兵士たちがフランコ軍の攻撃を逃れ て隠れていた場所だ。当時の人骨ではないか。そう考えての通報だった。だが、駆けつけた警官が発見したのは、それよりもはるかに古い時代に起きた、悲劇の 現場の跡だった。

 警察は数日間でざっと140の骨を掘り出し、首都マドリードの科学捜査研究所に分析を依頼。6年近い歳月を費やして調べた結果、意外な事実が浮かび上がった。なんとその骨は、約4万3000年前にこの地域で暮らしていたネアンデルタール人の集団の化石骨だったのだ。

 その後、エル・シドロン洞窟の古人骨の調査は、マドリードの国立自然科学博物館の学芸員アントニオ・ロサスに引き継がれた。2000年以降、彼の チームは、少なくとも9人のネアンデルタール人のものとみられる、1500の骨のかけらを発掘した。ロサスは、最近見つけた頭部や腕の骨の破片を見せてく れた。どちらも端がぎざぎざになっている。

 「これは誰かにたたき割られた跡です。脳や骨髄が目当てだったのでしょう」。骨には石器で肉をそぎとった跡もあり、骨の持ち主が人肉食の犠牲に なったことを物語っている。飢えを満たすためか、それとも儀式のためか - 誰が何の目的で食べたのかは定かでない。わかっているのは、死後まもなく(おそらく数日以内に)、骨の下の地面が突然崩れたことだ。骨は動物に荒らされる こともなく、土砂もろとも地下20メートルの鍾乳洞に落下し、温度の安定した洞窟で砂と粘土にそっと包まれた。そのため、ネアンデルタール人の謎を秘めた 貴重な遺伝子が、現代まで保たれてきたのだった。

 ネアンデルタール人は、私たちに最も近かった人類の仲間で、ほぼ20万年間にわたって、ユーラシア大陸に散らばって暮らしていた。その分布域は今 の欧州全域から中東やアジアにまで及び、南は地中海沿岸からジブラルタル海峡、ギリシャ、イラク、北はロシア、西は英国、東はモンゴルの近くまで達してい た。西ヨーロッパで最も多かった時期でも、その数はせいぜい1万5000人程度だったと推定されている。

物質を構成する素粒子に質量を与えたとされる未知の粒子「ヒッグス粒子」を見つけた可能性が高まり、ジュネーブ郊外にある欧州合同原子核研究機関(CERN)は13日、緊急の記者会見を開く。

 「神の粒子」とも呼ばれるヒッグス粒子は、現代物理学の基礎である標準理論を説明する粒子の一つで、世界の物理学者が40年以上探索を続けてきた。存在が確認されれば世紀の大発見となる。

 発表するのは、日本の研究者も数多く参加するCERNの「ATLAS」実験チームと、欧米中心の「CMS」実験チーム。いずれもCERNの「大型ハドロン衝突型加速器(LHC)」という実験装置を使って、陽子と陽子を高速で衝突させ、そこから出てくる粒子をそれぞれ分析した。

 その結果、今年10月末までの両方の実験データの中に、ヒッグス粒子の存在を示すとみられるデータがあることが分かった。8月までのデータでは、存在する確率が95%以下しかなく、データのばらつきかどうか判断がつかなかった。