混血があったとしても、それほど頻繁ではなく、はっきりした痕跡を残すにはいたらなかったと、ほかの研究者はみている。マックス・プランク研究所 のカテリーナ・ハルバティは、ネアンデルタール人と初期の現生人類の化石骨を3次元形状計測法で詳しく解析し、混血の骨がどんな形になるかを予測した。今 のところ、この形に合致する化石骨は見つかっていない。

 ネアンデルタール人研究ではこのように、権威ある古人類学者たちが同じ骨を調べて、互いに矛盾する解釈をすることは決して珍しくない。解剖学的な研究は今後も続くだろうが、一方で新たな角度から、ネアンデルタール人を現代によみがえらせる研究も進んでいる。


DNAに秘められた素顔

 DNA解析に好都合な標本が残されていたのは、偶然のたまものだ。先史時代にたまたま人肉食の習慣があったことが、この研究には幸いした。肉がそ ぎ落とされた骨には、微生物などのDNAが混じりにくいからだ。その一つ、エル・シドロン洞窟の骨からは、ネアンデルタール人の外見と行動を知る有力な手 がかりが得られた。

 ライプチヒ大学のホルガー・レンプラーらは2007年10月、エル・シドロン洞窟の骨から、メラニン色素の生産にかかわるMC1R遺伝子を分離し たと発表。この遺伝子に特定のパターンの変異が認められたことから、少なくとも一部のネアンデルタール人は赤毛・色白で、ひょっとしてそばかすがあったと も考えられる。

 だが、このネアンデルタール人の遺伝子に見られる変異は、現代人の赤毛のものとは異なっている。つまり、両者はおそらく同じような環境下で、それ ぞれ独自に赤毛・色白に進化したのだ(日照量の少ない高緯度地方では、体内でビタミンDを生産するために、紫外線をよく吸収する色白の肌のほうが環境に適 応しやすい)。

 この発表のわずか数週間前に報告された、遺伝学者ペーボらによる研究の成果も、驚くべきものだった。エル・シドロン洞窟で出土した二人のネアンデ ルタール人の骨から抽出された、発語と言語能力にかかわるFOXP2遺伝子に、現生人類と同じ変異型が認められたというのだ。この遺伝子は、脳の働きだけ でなく、顔の筋肉を制御する神経ともかかわっている。

 ネアンデルタール人が歌などの比較的原始的な音声コミュニケーションを用いていたのか、もっと高度な言語能力があったのか、まだはっきりしていな い。だが、私たちのように複雑な発声ができる咽頭部(いん とう ぶ)の構造を部分的に備えていたことは、最近の研究で示唆されている。

 現在、ペーボを中心に、野心的な研究が進んでいる。ネアンデルタール人のゲノム、つまり30億に及ぶ塩基対の配列をすべて解読しようという試みで、今年11月に完了する予定だ。

 化石骨に残されたDNAの痕跡は、かすかなものだ。しかも、ネアンデルタール人と現代人のDNAはとてもよく似ている。ゲノム解読では、現代人のDNAが混入しないよう、標本の取り扱いに細心の注意が必要だ。