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 「骨董亭如庵」のブログも第21回目、3週間にわたって毎日、書いてきたことになります。誰に読んでもらいでもなく、思いつくままに書くというのは快感ですね。単なる自己満足かもしれませんがね。
 さて、今日は、小林清親の浮世絵にまつわる話を書きましょうか。京都に住んでいたときに、京都大骨董祭に出かけました。伏見の産業会館で年に2,3回だったかと思いますが、開催されます。自宅からは自転車で1時間ほどです。夏の時期の開催だったと思います。大汗をかいて産業会館の会場にたどりつきました。その時に、東京、上野の東照宮の雪景色を描いた清親の浮世絵を見つけたのです。小林清親については、歴史作家の杉本章子さんが彼を描いた小説でそれなりの知識はありました。その上野の雪景色は、なんともいえない寂しさを感じさせました。雪に埋もれた東照宮や鳥居、そこに描かれているのは後ろ姿の傘をさした女性と犬が一匹、時代は明治初頭でしょう。「逝きし世の面影」を感じさせました。渡辺京二さんのご著書のタイトルを勝手に引用しました。渡辺先生、ご免なさい。もう今はない江戸の風情をその浮世絵に感じました。今もリビングに飾ってあります。
 浮世絵つながりでいうと、突然ですが、アメリカのミネソタ州の町セントポールに行ったときのことです。朝、散歩に出ました。30分ほど歩いたでしょうか。ギャラリーがありました。セントポールとミネアポリスというツイン・シティ=双子の町を描いている画家が経営するギャラリーのようでした。入ってみると、眼鏡をかけた上品な感じの70歳代とおぼしき女性がいました。つたない英語でご挨拶しました。女性も微笑み返してくれました。絵をみていると、なんと浮世絵がありました。江戸の風景を描いています。女性が、「これは浮世絵でしょう?」と聞いてきました。確かに浮世絵です。ただし、どうも贋作くさい感じもしましたが、江戸の雪景色を描いています。絵師がだれかという知識は私にはありませんでしたが、どこかで見た記憶はありました。そこで、雪景色の江戸=東京という意味のつたない英語をメモ帳に書いて渡しました。女性はうれしそうでした。そのときに目についたのがセントポールの町の古写真です。浮世絵を買うよりも、この古写真のほうが魅力的でした。よく見ると、馬車が映っています。なんでも100年ほど前のセントポールの町を映したものだそうです。あれから15年ほど、今でも、小林清親の浮世絵と並んでリビングに飾っています。
 この夏、喜多川歌麿の有名な「ポッピンを吹く女」の浮世絵が、我が家にやってきました。もちろん、本物ではありません。高見澤忠雄さんの復刻判です。この高見澤さんは、曖昧な記憶で申し訳ないのですが、幕末から明治のころに活躍した浮世絵の摺師の方かと思います。その腕前はかなりなものだったといわれます。間違いでしたら、ご免なさい。
 ただし、私にとっては、歌麿の浮世絵は美しすぎます。小林清親の「上野東照宮積雪之図」のほうが、なにかなつかしさを感じさせるのです。歌麿の浮世絵は、いわゆる「美人画」です。一方、清親の絵は一種の風景画です。ジャンルが異なるものを比べるのはおかしな話ですが、100年前のアメリカのセントポールを映した写真を購入したのも、清親の浮世絵を購入したのと同じ理由からです。ノスタルジーを感じさせてくれたからです。あるいは、私の好きなポルトガル語のサウダージ=郷愁を感じさせてくれたからです。

如庵