今夜は、私の手元にある、やや妙な焼物をことをお話ししましょう。妙というのは、私の趣味・趣向からすれば、やや異質な焼物ですが、それぞれの入手が面白いので、お話しする次第です。
まず、最初にご紹介するのは、ひび割れだらけの高さ5センチ弱、直径10センチ弱の茶碗です。高台の底の部分には「萬歴年製」と書かれています。普通は「大明」とかはいっているものでしょうが、これは入っていません。「萬歴年製」を信じるとすれば、中国の明末、16世紀になります。やや濁った白磁に、鳳凰らしき文様と蝶を思わせる文様が呉須の藍色でくまなく描かれています。稚拙な絵です。しかし、ゆったりとした感じの茶碗です。たぶん、民窯で焼かれた磁器で、庶民がメシ茶碗として使ったものでしょう。高台の周りは虫食いだらけ、しかもひび割れだらけです。面白いとおもったのは、茶碗の見込みに、黄色く変色した紙がセロテープで張ってあったことです。「父〇吉遺品大切〇〇〇九月一日関東大震災〇焼出をれし品一ケ〇〇〇〇紀念〇為子保存〇〇〇 二代目〇〇雄」と書かれています。関東大震災で焼け出されたか、あやうく難を逃れたのか、父親が大切にしていた遺品であるので、大切にしたいといったことなのでしょうか。そこが面白いと思って、買いました。ひび割れだらけですから、お値段も安かったと記憶しています。縁の部分も2か所、破損していたので、金繕いしました。厚手の磁器ですが、関東大震災の被害を免れたものだというところに面白さを感じたのです。
さて、次の磁器は、80歳をこえて骨董商を続けているSさんから譲ってもらったものです。元々、Sさんは、ある会社の社長の社用車の運転手をなさっていたそうです。その社長が骨董好きで、古美術店回りのお供をするうちに、Sさんも骨董好きになり、40歳代半ばで、骨董商になったという方です。Sさんから最初に譲っていただいたのは、小久慈焼の火入れでした。大ぶりなつくりで取っ手がついています。縁の部分に傷がありましたが、その大ぶりというか大どかな作りと、緑色とも水色ともつかない釉薬がおもしろいと思って譲っていただきました。それがきっかけで顔見知りになりました。骨董市で顔を出すと、必ず話をします。そのSさんから次に譲っていただいたのは、後期李朝のものだろうという磁器の茶碗でした。高さは5センチ足らず、直径は10センチをちょっとこえるくらいでしょうか。見込みに「成」「協」「興」の3文字が放射状に呉須の藍色で書かれています。枇杷色と灰色の中間の色調です。また花柄を思わせる文様が描かれています。これも朝鮮半島の庶民が普段につかっていたものでしょうか。漢字が書かれているのは珍しいと思い、譲ってもらいました。その3文字はめでたい文字というようよりも、近代的感じを与える漢字です。
そして最後にご紹介するのは、Sさんから推薦していただいて手にいれたものです。ある骨董市でSさんのところに顔をだしたのですが、Sさんは「今日はこれといったのはない。さっきまで、別の業者のところをのぞいてみたが、ここから25メートルほどいったところの右手の業者のところにある八角形の白い壺で、あっさりした呉須で梅を描いたのはいいよ」と言われて、Sさんの指示通りにいったところに、その白磁の壺がありました。梅の絵が上品に描かれています。お値段を聞くと、まあリーズナブルです。譲っていただきました。たぶん、李朝のものかと思います。この八角形梅紋壺とでもいうのでしょうか。これは私のコレクションにはなかったものですが、梅の文様が素敵です。
Sさんも、あるいはT師匠も、私にとっては、骨董の大先輩ばかりです。そのアドバイスに従って、興味の範囲を広げていくことも大事ではないでしょうか。もちろん、人間同士、相性もあります。私自身、ある時期までよく顔を出して、話をしたり、骨董を譲っていただいた業者さんもいます。しかし、私の趣味・趣向が変わったり、相性があわないといったことから、いつのまにか疎遠になった方もいます。しかし、それは骨董に限らず、人間社会にはどこにでもあることです。無理して付き合いことはないと思います。もちろん、骨董屋さんと無駄話ばかりしていては、商売の邪魔をすることにもなるでしょうが、SさんやT師匠のような大先輩の方たちと知り合うことで、趣味の範囲を広げていくことも面白いと思いますし、お二人とも長年、骨董でメシを食ってきた方たちです。何気ない一言がなるほどと思わせられることもしばしばあります。
如庵