あれは10年ほど前の京都での正月のことでした。その冬は京都市内も結構、雪が降ったように記憶しています。あるお茶のお家元の初釜に出席させていただいた時のことです。その日は早朝から寒かったと思います。お家元の家に到着し、出席簿というのでしょうか、筆で名前を書き終え、母屋から茶室に参るために、廊下を歩いていたときです。ふと視線を外にやると、お庭の松の小枝に、うっすらと淡雪が積もっていました。「おや、雪が・・・」と私はつぶやいていました。恣意的ではない、偶然に自然が織りなすもてなしと思い、妙に感動し、そのシーンだけが、今でも、心の奥底に鮮明に残っています。そのあとで「お道具拝見」というのでしょうか。利休さん手作りの茶杓や、なんとか天皇のご宸筆とかの御軸も拝見しましたが、私には、その松の枝の淡雪のほうが感動的でした。
私自身はお茶の心得があるわけではありません。先日、このブログで、ひょんなきっかけから、この夏、我が家にやってきた茶道具のお話しをしました。茶道具の金銭的評価は、かなりの部分は箱書きにあるようです。そして、それは十分に意味のあることもわかります。しかし、箱書きがなくても、また、お茶の心得があるわけでもなく茶道具についても骨董全般についても、素人の私が僭越ではありますが、茶道具の魅力を皆さんに知ってほしいと思い、私なりの楽しみ方を書いてみます。
まずは、枇杷色で薄手の出雲焼の抹茶茶碗です。箱には「東棚第拾弐番」と紙に書いたものが張ってあります。どちらかのお宅の蔵の中にあったもので、その数字は整理番号かと思います。「出雲焼」は隷書体で墨書してあります。出雲焼は萩焼の陶工たちの指導によって始められ、出雲松平藩の御用窯になったそうです。18世紀には一時途絶えますが、江戸後期、茶人大名としてあまりにも有名な松平不昧公が復活させたといいます。箱に書かれた隷書体の文字から、そんなことがわかるというのも面白いですし、枇杷色の抹茶茶碗が目の前にあると、そうした由来が頭ではなく、身体全体で理解できる思いがします。ただし、長年、使われなかったのか、ややかせた感じというか潤いが感じられないのは、かわいそうとも思います。
さて、続いては高さ3,4センチのかわいい瓢箪型の香煎入です。香煎とは「むぎこがし」のことです。やや歪んだ形がユニークです。小さな桐箱に真田紐でなく、皮紐で結んであるのも面白い、また、鈍阿作と見たとき、私は近代茶人の益田鈍翁かと思いました。鈍翁と名乗る前に、鈍阿と名乗っていたような記憶があったのです。鈍翁が手すさびに作ってものでしょうか。調べてみたら、私のとんだ記憶違でしたが、鈍翁や根津嘉一郎がかわいがった陶工の名前が鈍阿です。ちなみに読み方は「どんな」です。益田鈍翁の名前の由来が「鈍感な爺さん」だと聞いた記憶があります。とすれば「どんな」という名乗りも面白いですね、「次は”どんな”面白いものをつくるの?」とでも洒落たのではないかと思いますし、あるいは「鈍翁」の「鈍」の一字をもらい、「阿弥」をつけたのではないかなどとも想像します。室町将軍家に茶道も含めた諸芸で仕えていた人々たちは、頭を丸めて、「阿弥」号をもっていたと聞いています。
茶杓では、飴色で反りが深い茶杓が個性的です。茶杓を入れる筒には、達筆すぎて読めないのですが、銘は「破〇〇」「〇〇八十八才〇作」とだけ、かろうじて読めます。どなたか茶の心得のある方が88歳の米寿を祝って作られたのかと思います。飴色に変色したものか、元の竹がそんな色をしていたのかはわかりませんが。あまり見ない色ですし、その反りが見事です。88歳にして、かなりお元気な方だったのではと勝手に想像しています。
そして、古萩茶碗です。高麗茶碗ともいうそうですが、たぶん、秀吉の朝鮮出兵の際に、彼の地から連れられてきた朝鮮人陶工に手になるものでしょう。「萩の七化け」というように、かなり使いこまれたようです。もうひとつ、箱書のある田原藤兵衛の萩茶碗もありますが、こちらは、化けてもいないようで、生まれたての赤ん坊のようです。化けた古萩茶碗のほうが、味わいがあります。生まれたばかりの赤ちゃんもかわいいですが、年を重ねて屈折している方のほうが面白いのと一緒です。
私が笑ったのは香合で「ぶりぶり香合」という、その名称でした。「ぶりぶり」という音の響きが面白いじゃありませんか。なんでもお茶のほうでは正月などのおめでたい席で使う香合だそうです。また、「ぶりぶり」という名前の由来は、皇室での遊びで、そういう名称の遊びがあるそうです。牛の形をしたものを引っ張る遊びを「ぶりぶり」というそうです。確かに、昔は、田畑での農作業で牛や馬は貴重な労働力でした。つい半世紀前ほど前までは、農村では牛や馬を飼っていたものです。そして、農業が国の基本である日本で、皇室にとって農耕儀礼は大切な行事でした。また、その「ぶりぶり香合」の形は、金沢の郷土玩具「木牛」に似ています。また、熊本の人吉だったかと思いますが、「雉車」にも似ています。
「ぶりぶり」の音つながりでいうと、「つぼつぼ煙草盆」というのも面白いですね。こちらは、裏千家の玄々斎の在判ありの由来のしっかりしたものですが、なぜ「つぼつぼ」というのか、まだわかりません。どなたかご存知でしたら、ご教示くださいませ。
さて、明日から週末、都内各所では骨董市が開催されます。お天気もまずまずのようです。今回はどんなものや人との出会いがあるか、楽しみです。それでは。
如庵