東京地方は、今週に入って、最高気温が20度をこえる暖かい日が続いています。
さて、昨日のブログでは、柄にもなく「李朝の美」を、熱く語ってしまいました。
今夜は9時すぎにサッカーW杯アジア地区2次予選があります。日本対カンボジア戦です。そこで、今夜は"Japan"ではなく"japan"=漆、漆器のお話しをしましょうか。
最初に私が手に入れたのは番浦省吾さんの漆器でした。京都に住んでいたころです。彼は明治34(1901)年に石川県で生まれました。蒔絵技術を学び、京都を中心に関西で活躍しました。京都の老舗のすき焼き屋といえば「三嶋亭」です。三条寺町に風格あるお店を構えています。ご存知の方も多いでしょう。私も何度かすき焼きをいただきました。そういえば、京都の牛肉消費量は日本でも有数だというのも有名ですが、京都は職人さんの町でもあります。身体を使う方がメジャーな町です。私のようなサラリーマンは肩身が狭い町です。京料理は懐石とかあっさり系の食事ばかりというのは間違いです。ラーメンなどはこってり系が人気があります。左京区にある銀閣寺近くのラーメン屋さんは、こってり系の代表です。スープに割り箸が立つくらいです。暑い時期にこってりラーメンを食べて、近所のアイスキャンデー屋さんで口直しというのが、正しい京都人のあり方でしょう。
いつものことながら、話がそれました。さて、「三嶋亭」ですね。お部屋には番浦省吾さんが昭和初期に手がけた欄間や調度品があります。そして、私の手もとにあるのは、飛翔する天女を描いた漆器の箱です。
漆は、もともと中央アジア高原が原産だそうです。東アジアや東南アジアでは漆を使う技術が古くから発達したようです。かつてインドシナ半島からやってきたとおもわれる漆を使った壺の形というのでしょうか、そんなものも持っていましたが、ある時期に手離しました。珍しさのあまり譲ってもらったのですが、飽きてしまったのです。
日本で漆器といえば、各地に漆器の産地があります。輪島塗、飛騨高山の春慶塗、新潟の村上堆朱などがすぐに思い浮かびます。我が家にも、ありますが、村上堆朱は、中国の文人画風の絵が細かく書かれています。ただし、年代もののせいか、ところどころ剥げています。
また、お茶の世界では、棗に漆を使ったものが多いようです。この夏にひょんなきっかけでやってきた茶道具の中にも、名人と言われた11代・飛来一閑の和紙を重ねて、その上に漆を塗り重ねたもの、さらには近藤道恵、中村宗哲など千家十職の錚々たる人々、あるいは飯田光秋が作った棗が数多くあります。さらに、織部好みの棗もあります。しかし、私はどうも好きになれません。きれいすぎるのです。大事にされてきたこと、それだけ漆というのは丈夫にできていることの証かもしれません。
さらには、「根来塗」を利用した香合もあります。「福」の青貝があしらってあります。「根来」といえば、漆好きの方の間では評判の高いものです。私も興味を持ってみてみましたが、今ひとつピンときません。
これは、「ネコの小判」「ブタに真珠」だからでしょう。もちろん、私がネコかブタということですが。ただし、李朝の白磁がわからないといっていた私ですが、この前の骨董市でS師匠から、譲っていただいた李朝の青みを帯びた小壺を、昨日のブログでは熱く語ってしまいました。もう少し、彼ら彼女らと向き合いうちに、熱くかたりだすかもしれませんね。
それしても、なぜ漆や漆器をjapanというのでしょうか。
また、余計なことを思いだしました。史実かどうかはわかりませんが、織田信長が武田信玄と誼を結ぶために、豪華の漆器を贈ったそうです。信長からのプレゼントを受け取った信玄は、その漆器を刀で削ったそうです。つまり、漆は何度も何度も塗り重ねることで上等なものになるといいます。その辺の根気の良さが昔の日本人にはあったということでしょうか。
今夜のサッカーは公式戦としては今年最後になります。勝つのは当然として、日本の漆職人のような根気強さで、失点をゼロにしてほしいものです。
如庵