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 今夜は京都の郷土玩具のお話しをしましょう。いつかのブログでは伏見土人形のことを書きましたが、今回は別の郷土玩具、あるいは厳密には郷土玩具と工芸の中間的なものかもしれません。
 まずは京都の三大祭りに関係するものです。
 7月の京都はなんといっても祇園祭りです。夜の鉾町界隈を歩くと、「コンチキチン」という祇園祭りのお囃子を練習する音色が聞こえてきます。そして、宵々山や宵山では、鉾町界隈に置いてある山や鉾を見物がてら、露店が数多く立ち並ぶ通りを歩きます。暑い京都の夏、人込みの中をそぞろ歩きます。といっっても、額からはもちろん、全身から汗を流しながら、歩きまわります。それぞれの山や鉾では、粽や扇子や祭りにちなむ品物を子供たちが売っています。これらの売り上げ金は保存会の資金にあてられるそうです。子供たちは声をそろえて歌います。歌詞はわすれましたが、最後の部分だけは覚えています。「他は出ません」というのです。つまり、その日しか手に入らないから、是非、買ってくださいというのをアピールしています。最近では、ペットボトルをいれる、あれは何というのでしょうか、そんなものも売っています。旧家では、屏風祭りといって、そのお家に代々、伝わる屏風や壺などを飾っています。
 なかなか、郷土玩具が出てきませんね。山鉾をかたどったミニチュアもあります。学生時代に京都に旅した時に買った記憶があります。旅したのは夏ではありませんでした。たぶん、新京極あたりのお土産屋さんで買ったのかと思います。ただし、車軸の部分がストローのようなものでできていた記憶があります。その山鉾はいつしかなくしてしまいました。私が住んでいたのは、祇園祭りで必ず一番目に登場する長刀鉾の町内でした。これは結構、プライドをくすぐるものです。
 最近、私が尊敬する井上章一さんが「京都ぎらい」という”問題作”というか”怪作”というべきか新書を出しましたが、私も京都に住むことになったときに、かつての平安京のあった碁盤の目のところか、東山界隈に住まないと、京都に住んだことにならないと、京都の人に聞きましたので、見栄をはって、ど真ん中に住みました。錦市場までは歩いて30秒、しかも長刀鉾が出る鉾町に住みました。エヘン!エヘン!四条通りに面して「田中彌」という創業1808(文化5)年という老舗の人形屋さんがあります。ここは、よく立ち寄って、すばらしい京人形の数々を拝見したものです。このお店では、祇園祭りの期間中には、鉾や山をかたどったミニチュアを売っていたように記憶しています。まちがいやったら、ご免なさい。
 京都時代には知らなかったのに、東京で手にいれたのが行列人形です。葵祭りのものを最初に手に入れました。桐箱入りの立派なものです。静岳・桂憲之さんが作っているそうですが、初代が作り始めたのが、明治初期だそうで、今は5代目になるそうです。行列人形には時代祭りのものもあります。ほしいなと思っていたら、葵祭を手にいれてから、2か月ほどたって骨董市で見つけました、さらの大名行列も発見しました。都をどりのものもあるそうですが、まだ、手にいれていません。
 この行列人形は豆人形のようなものですが、作者は別の方で、「まじない人形」というのがあります。七福神の豆人形はよくみますが、こちらの「まじない人形」は、毒があります。達磨=辛抱、黒猫=幸福、寿老人=頭痛、西行=腰痛、鍾馗=魔除け、虚無僧=乗り物酔い、布袋=安産、蛙=縁起、招き猫=商売繁盛、お多福=人気寄せ、髑髏=勝負運だそうです。西行は西行法師のことでしょうか、でもなんで腰痛にきくねん?あちこちようけ歩いたからか?虚無僧が乗り物酔い?虚無僧のいた時代に車があったんかい?それとも駕籠に乗って酔ったんやろか?と、ツッコミどころ満載ですね。髑髏が勝負運?この辺になるとブラックユーモアじみてきますね。
 まあ、そう熱くならんとき、しかも、あんたの京ことばはどこの言葉や、難波ことばとも違うし、「君、どこの子や?」(ここは井上章一さんの「京都ぎらい」丸写しです。井上先生、ご免なさい)。えらい、すんまへんなあ。
 最後は嵯峨面にいきまひょか。これは藤原孚石さんがお作りです。京の三大狂言のひとつ、嵯峨釈迦堂清涼寺の大念仏狂言で使う面を、和紙で張り重ねたものです。遠目に見ると、木彫りと思わせる立派なお面です。
 京都には他にも多種多様な郷土玩具がありますが、素朴さを通りこしていれのが最大の見どころでしょうか。
 
如庵