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 3連休の最後の夜です。夕方、東京に戻りました。3連休は山梨の北杜市にある保養所に泊り、温泉に入ったり、室内プールで泳いだり、八ヶ岳のふもとの天気がいいと富士山がみえる高原地帯を散歩したりしました。路傍で目立つのは石のお地蔵様や仏様です。また、この季節は冬にはまだ早い晩冬、赤い柿の実がびっしりです。渋柿なのでしょうか。鳥もついばまないようです。夜はうまいものを食べ、また温泉、眠くなればそのまま寝てしまうという具合、のんびりした3日間で、多少は元気になりました。この保養所には、もう20年ほど前から来ています。年に数回、リフレッシュしています。
 さて、その保養所から、歩いて15分ほどのところに「清春芸術村」があります。もともとは武者小路実篤や志賀直哉などの大正時代の白樺派が構想していた芸術村を、彼らと親交のあった画廊の社長・吉井長三さんが私財を投じて実現したものだそうです。もともとは小学校だったそうです。その校庭にあった桜の巨木がみごとです。春の季節に一度、行かれてはいかがでしょうか。その小学校が廃校になったので、吉井さんが買い取り、昭和50(1980)年に「清春アートコロニー」を建設し、アトリエ、図書館などを整備していったそうです。今は、ジョルジュ・ルオーの美術館があります。また、アトリエも見事です。建築様式はうまく説明できませんが、なんでもパリのモンパルナスにあるラ・リューシュ=ハチの巣を模した建物です。確かに10角型か12角角の外観です。
 また、私が面白いと思うのは、赤瀬川原平さんや南伸彷さんたちが、桜の巨木を利用して、太い枝の中ほどに作った空中茶室です。外観はハリー・ポッターにでも出てきそうなとんがり帽子のような形をしています。数年前に登った記憶がありますが、確か3畳ほどの広さだったと思います。
 さらに、東京の新宿区にあった梅原龍三郎のアトリエが移築してあります。入口には高さ1.5メートルほどの大壺があります。また、鎌倉の小林秀雄さんの旧宅にあった桜の木も移植されています。
 芸術村の隣には、吉井さんの友人で岩波書店の元会長の小林勇さんの旧居「冬青庵」も移築されています。小林さんは幸田露伴とも親しかったそうで、その名前「冬青庵」は幸田露伴が命名したそうです。「冬青庵」は元々は農家だったそうですが、原三渓と交流のあった大工の棟梁・山田源市さんが改築したそうです。今は、和風フレンチの料理のお店になっています。
 こう書いてくると、「清春芸術村」は小林秀雄、幸田露伴、原三渓などなど骨董数奇の方たちも関係していることがわかります。
 「清春芸術村」と道路をはさんだ向こう側には「北杜郷土資料館」があります。目玉は東山魁夷さんの「山国の秋」、昭和のはじめに、東山さんはこの地に滞在して、この絵を描いたそうです。帝展に入賞したものの、原画は戦争で焼失してしまいました。したがって、この絵は複製です。また、この地方の典型的な農家を復元しています。特別展なども2階ではやっているようです。
 私が面白いと思ったのは、この北杜市の歴史が一目でわかる大型のパネルです。平安や鎌倉時代は馬の産地として知られていたようです。古代で目をひくのは甲斐など7か国に住んでいた高麗人を武蔵国にうつしていることです。また「へえっ」と思ったのは、平安時代、陽成天皇が馬を求めて勅使を派遣していることです。陽成天皇は「もの狂いの帝」とも「乱行の帝」とも言われています。20歳のころに、あまりの乱行ぶりに廃帝されたと記録されていますが、なんと80何歳まで、当時としては異例の長寿を全うしています。この天皇は馬がお好きだったそうですが、勅使まで派遣していたとは知りませんでした。戦国期は武田氏の時代です。江戸になると目立つのは八ヶ岳の大津波です。そして、大正時代は生糸の取引で栄えたそうです。昭和に入ると、ポール・ラッシュという宣教師の方だったと思いますが、清里の開発にのりだし、保養地・避暑地として発展します。
 また、私が好きな美術館はアフリカン・アート・ミュージアムです。個人美術館で、一度だけ、
館長さんとお話しをしたことがあります。その時は、私のつれあいが一緒でした。連れ合いは東南アジアが専門ですが、たまたま、扉の特別展をやっていました。つれあいは、最初は入るのを躊躇していましたが、入ったらアフリカやインドネシアの彫刻が立派な扉に数々に圧倒されていました。たまたま館長さんもいらっしゃって、説明していただいただいたのですが、「虫干しがてらに特別展をやっています」とのことでした。
 東京へは中央線の特急で帰るので、小淵沢の駅に出ました。駅前に骨董屋さんがあります。ガラス越しにお皿などが見えますが、鍵がかかっています。小淵沢駅では駅弁屋さんが頑張っています。「丸政」さんといいます。大正時代の創業だそうです。見ると、昔懐かしいお茶を入れる土瓶を売っているではありませんか。また、もともとは駅弁よりも、あんこの入った餅「寿ずらん餅」を売っていたそうです。うれしくなって、復刻の土瓶と「寿ずらん餅」をお土産に買ってしまいました。

どうも、3連休でリフレッシュしたものの、ブログを2日間も休むと、調子が出ないようです。やはり、毎日、書かないと駄目ですね。

如庵