東京地方は、雨と強風と思ったら、最高気温が25度まであがるという「春の嵐」ならぬ、「初冬の嵐」という1日でした。初冬つながりでいうと、「初老」という言葉がありますが、人生50年時代は、40歳から初老だったといいます。ここ40,50年の栄養や環境あるいは医療の進歩によって、人生80年時代今は、60歳からが初老といわれることを知って、やや愕然としている私です。
昨日は、野坂昭如さんが亡くなるというニュースが入ってきました。私自身は野坂さんのよき読者ではありませんでしたが、「朝まで生テレビ」では大島渚さんと並び、突拍子もない発言で、その場を活性化させるというところや、田中角栄さんを落選させようと新潟3区から出馬するなど、そのアナーキーさの原動力は何なのかと常々、疑問でした。ご冥福をお祈りします。
さて、本題のトルコのお守り、「ナザール・ボンジュウ」を手掛かりに、妄想のおもむくままに考察を始めましょう。さて、トルコはイスラム社会です。まあ、同じイスラムでもトルコは世俗化したイスラム社会だそうですが、それはともかく、トルコを含めた中東地域では、アラビア語で「ハムサ」と呼ばれる邪視から身をまもるための護符=お守りがあるそうです。私は現物は見たことはありませんが、資料など見ると、手を開いた、その手の平の中央部分に、目玉が描かれています。イスラム社会では「ハムサ」のことを「ファーティマの手」もしくは「ファーティマの目」と呼ぶそうです。同じ中東でもユダヤ教徒の社会では、「ミリアムの手」もしくは「アイン・ハー・ラーア」=悪い目とも言われるそうです。そして、トルコでは「ナザール・ボンジュウ」です。それぞれ呼び方は違いますが、デザインや色調はいずれも同じです。
トルコやイラン、あるいはイスラエルなどの例外はありますが、中東地域の主要言語はアラビア語です。アラビア語由来の「ハムザ」とはどういう意味といえば、数字の「5」を意味し、5本指のことを意味するそうです。
では、なぜ、「ハムサ」では青色が使用されるのかというと、中東地域、あるいは南ヨーロッパでは、青い瞳をもつ人間は故意か無意識かはともかく、人々の呪いをかける力があると古代から信じられたきたそうです。では青い瞳をもつ人間は何かといえば、北方のゲルマン系の人々のことかと思います。ローマ帝国のとっての脅威は北からやってくる人々だったでしょう。その一方で、ハンニバルに代表される北アフリカの人々も脅威だったのではという疑問は残りますが。
そこで、思考はいったん、中断してしまうのですが。古代エジプトに目を転じると、「ホルスの目」というシンボルがあります。「ホルスの目」とは何かといえば、太陽と月は、ハヤブサの姿、あるいは天空神ホルスの両目だそうです。時代を経て、「ホルスの目」は区別されます。左目は月を象徴し、右目は太陽を象徴するとされていったそうです。ここでのポイントは古代エジプトでも目になんらかの意味をパワーを見出す文化があったことが注意すべき点でしょう。
ここまで、わかってきたことは中東や古代エジプト、あるいは古代の南欧地域では、「目」というものに対して、なんらかのパワーを感じる土着の文化なり価値観があったというこです。
では、のちにキリスト教世界となったヨーロッパ地域ではどうでしょうか。ご承知のようにキリスト教はイエス・キリスト、イスラム教はムハンマドが、それぞれ教えを広めました。その起源は時代は違いますが、同じ一神教です。それに対して古代ギリシャ・ローマ世界は多神教でした。キリスト教でも「プロビデンスの目」という目をデザインしたものがありました。こちらは、どうも中東地域とは違い、よこしまな目から身を守るという意味よりも、神の全能の目を意味するそうです。その持つ意味は違いますが、そのデザインはなんと、古代エジプトの「ホルスの目」に由来するのではという仮説があるそうです。
以上、トルコの代表的なお土産の「ナザール・ボンジュウ」からスタートして、中東や古代エジプト、あるいはキリスト教世界の「目」について、あれこれと無謀な思いを巡らしてきたのですが、「目」というものにある種のパワーを感じるのは、日本語でもありますよね。「視線を感じる」とか。また、今でこそ、キリスト教世界、イスラム教世界は別のものと、私たち日本人は思ってしまいがちですが、キリスト教以前・イスラム教以前の中東から西の地域の土着的な信仰形態というのは、結構、共通するものがあったのではないか。それは、古代の東アジア地域でも同じことがいえるのではないかとも思うのですが、皆さんはどうお考えでしょうか。
次の機会には、「目」の意匠=シンボルとしての意味のようなものを妄想できればと思います。
初老の如庵