今日は成人の日、お休みです。東京地方の最高気温は10度ほど。これで平年並みの寒さとのこと。
代々木公園のケヤキ並木の骨董市へ自転車で行ってきました。午前8時から開催ですので、その時間に着いたのですが、業者の皆さんは、まだ準備中です。
ざっと、見て回りましたが、これといって魅かれるものはありません。公園通り寄りの場所に、去年12月初めの土曜日に、「手軽に作れておいしい料理の会」に参加したのですが、その会の主催者のおばさまの業者Tさんがいました。Tさんとは、去年10月でしょうか、代々木公園の骨董市で初めてお会いしたのですが、気さくな方で、肝っ玉母さんといった風貌です。椅子を用意してくれて、甘酒やら紅茶やら、卵焼き、さらには野菜や肉、フルーツのサンドイッチを勧めてくれます。果物のデザートまでいただきました。これが、またおいしいのです。自宅を出る前に朝ごはんは食べてきたのですが、勧められるままに食べました。骨董市に来たのか、Tさん手作りのご馳走を食べにきたのかわからない不思議な感覚です。しかし、寒さしのぎには、食べて、身体の中から温まるのが一番です。とはいえ、Tさんも別に骨董を買ってもらうために、おいしいものを勧めてくれるわけではないのが、また、Tさんの太っ腹なところです。「おいしゅうございました。ありがとうございました」とご挨拶して、会場をもう一回りしました。
目にはいったのが、祥瑞写しの腰捩(こしねじ)の抹茶茶碗です。業者さんは、40歳前後でしょうか。骨董すべてに、そのものの簡単な説明と値段がついていて、親切です。「祥瑞 染付椀高野昭阿弥写 京焼?明治?」と記されています。抹茶茶碗と一口に言っても、様々な形があります。昨年の夏、ひょんなきっかけから我が家にやってきた茶道具の中の茶碗には、この手の茶碗はありませんが、祥瑞の香合はあります。高野昭阿弥というのは、京焼の方です。初代が京都・五条の柴田如阿弥のところで修業し、28歳で独立。京都の今熊野で作陶、今は2代目の息子さんが継いでいるようです。したがって、説明書きにあった「明治?」はその通りです。せいぜい、昭和のものでしょう。染付が中々、よく描けていましたし、お値段もリーズナブルですし、共箱もついていましたので、譲っていただきました。
昭阿弥さんについて調べてみると、「黄檗陶匠」という肩書があります。黄檗宗といえば、江戸初期に中国大陸の支配者が、明から満州族の清に変わったときに、黄檗宗の僧侶が日本にやってきて、伝えました。京都・宇治には黄檗宗萬福寺があります。私が羅漢さんにこだわっていたころ、萬福寺に立派な十六羅漢像があると知り、一度、訪ねたことがあります。また、陶匠というのは中国語で、日本語でいえば焼物師といった意味になります。とすると、昭阿弥さんは、黄檗宗に認められた焼物師ということになるのでしょうか。
如庵