パブリック エネミーズを見て
マイケル・マン監督最新作『パブリックエネミーズ』を12月3日にお台場シネマメディアージュにて先行鑑賞した。
友人が試写会を当ててくれて一足先に見ることが出来た。
友人に感謝。
俺はジョニーのファンではなく、監督のマイケル・マンのファンという目線で見た。
鑑賞後、しばらく余韻を楽しむため、あえてレヴューを書かなかった。
一週間ちょっと経って映画を客観的に見て感じることは、ジョン・デリンジャーもメルヴィン・パーヴィスも二人とも時代に利用された可哀相な男たちだったってこと。
デリンジャーをビジネスとして利用し、新たな時代がきたと切り捨てる。
パーヴィスもデリンジャー逮捕のスペシャリストとして鳴り物入りで任命される。
しかし、フーバーに叱責され、仲間を失い、最後には古手の仲間にデリンジャーを殺される始末。
やはりマイケル・マンの真骨頂、コインの裏表、似た者同士の人生の交差。
哀愁溢れる物語は正にマイケル・マン印。
デリンジャーの恋愛模様を物語に加えるが、やはり俺は男臭い物語だと思う。
『ヒート』と同じような話のようで、また違った感慨を受けた。
義理、人情の時代が終わったことを映画で表しているようで悲しくなった。
今 俺たちが生きる混沌とした現代。
何が正しくて、何が悪いのか。
信念を持てない若者も多いと思う。
義理、人情、信念。
古臭いようだが、今の時代にもう一度見つめ直さなければいけないもののように思う。
この映画から学ぶものは多いと思う。
もう一度見に行ってみようと思う。