今回は、柄にもなく「文學調」でいってみます。
建国の父、リサール博士、辞世の句 (処刑直前の辞)
雨粒が失せるがごとく灼きつく日差しが照りつける
我の叫びが途絶え、何事もなかったかのように澄みきった空がまたやって来る
汝が我のために祈る静寂の午後、神のもとに召された我の安住の住処、
母なる祖国のために祈りを捧げよ
非業の死を遂げたすべての人々のために祈りを捧げよ
不当な苦しみを受けたすべての人々のために祈りを捧げよ
血を絞るがごとき苦しみを抱いて泣き叫ぶ哀れな母親のために祈りを捧げよ
恐怖に慄く哀れな親なし子のために、伴侶を失った婦人のために、
また囚われの身で苦しむ人々のために祈りを捧げよ
そして神のもとに召された十字架の死のために祈りを捧げよ
闇の夜が墓場を包み込む時、ただ一人とり残された死の孤独の中で
彼等の休息を乱すこと勿れ、彼等の秘跡を乱すこと勿れ
もし汝が神に祈りを捧げる弦楽の音を聞いたなら、それは我の奏でる音色である
愛する祖国よ!地の底から湧き上る祖国のための賛美歌を聴きたまえ
そして我の墓も十字架も墓石もすべての人々が忘れ去った時、土が掘り起こされ、
我の灰も撒き散らされて、何もかもすべてが「無」に帰す
それは我の「喜び」である、そして汝等は我を忘れ去る
汝等のこの世の刹那さ、遣る瀬無さ、虐げられたものを、我はすべて拭い去る
汝等が力強く、清明な旋律を聴くことができるために、我は為す
汝等が固い信念を貫き通すために、我は支える
我は深刻な悲しみを抱く、崇拝する祖国とその人々の未来の行く末を
親愛なる祖国、フィリピンよ、我の最後の別れの言葉に耳を傾けよ
我は去る、汝等すべてのもとから、父と母そして愛しの人のもとから
我は逝く、奴隷も、暴君も、処刑人もいない世界へ
我は逝く、敬虔な信仰、人を殺めることのない世界へ、神が唯一支配
する世界へ
さらば父よ、母よ、弟よ、そして愛しの人よ
我は疲れきった日々から解放されることを神に感謝する
さらば我を輝かしてくれた愛すべき見知らぬ人々よ、そして良き友よ
さらば我が愛するすべての人々よ、死が我の休息の場所とならんことを
原文、スペイン語、ホセ・リサール
英語訳、エンカルナシオン・アルソーナとアイシドロ・エスカレ・アベト
日本語訳、筆者、私
リサールの辞世の句の原文は、スペイン語で書かれている。長くスペイン留学の
経験があるにしろ、なぜ自国のタガログ語で書かないのか不思議に思った。
当時のタガログ語は単なるルソン島の一部の地域の言語だったからかもしれない。
ある著名なフィリッピンの作家が言った言葉を思い出す。
「英語は借り物の言語であるから我々の真実を表現できない」と。
昔、「源氏物語」など「なぜ古典を勉強するの?」と思ったが、今やっとわかった。
日本人に生まれてよかった。最近、つくづくそう思う。
高校生の皆さん、古典を勉強しましょうね。そしてチョッと英語もね。