本日ライブでした。
朝起きたら、9時前。
9時集合だったのに。
参ったな
今日は小田急多摩センターで昼間っからライブです。
初の野外なので、なんかテンションも上がる予感です。
ちなみに、まだ上がってません。遅刻したし。眠いし。準備がめんどそーだし。
まー、ともかく。
晴天の下、ビールの見ながらノンビリ眺めてやるかと言う方。11時~やってます。是非。
9時集合だったのに。
参ったな
今日は小田急多摩センターで昼間っからライブです。
初の野外なので、なんかテンションも上がる予感です。
ちなみに、まだ上がってません。遅刻したし。眠いし。準備がめんどそーだし。
まー、ともかく。
晴天の下、ビールの見ながらノンビリ眺めてやるかと言う方。11時~やってます。是非。
そして、ケインズへ
という訳で、今日は丸の内に竹中氏の講座を受けに行ってきました。
第2回の今日のテーマは、ケインズでした。
今回は、正直、ケインズ、ケイジアン、大きな政府?何した人???名前くらいは知ってるけど。というくらいの薄識(こんな日本語はたぶんない。)だったので、ちょっと予習をしていきました。と言っても前日に本を買って読んだだけなので全く効果は無かった・・・。分かったのはマルクスが他界した年にケインズが生まれたって事くらい。
うーん。一ヶ月もあったのに何をしてたのか。
さておき、2回目の今日に改めて再認識したのは、経済学ってのは実践的な解を求める学問なのだな。といういう事です。ケインズも著書の中で、「経済学の学術書は1世代に一つあれば良い。後はパンフレットを配れば良い。」というような事を言っています。つまり、現実の中の問題を如何に解き、如何に大衆にそれを理解させられるかが重要であり、思想にまで届くような学術論文は、その存在価値は短期的には低い。という事だと思います。(長期的には文化的価値が出るかも・・・)
彼の生きた時代は大恐慌があり、失業者が溢れた時代でした。そして彼は失業者を減らす為の策として政府の役割の必要性を論じました。(これが、大きな政府=ケイジアンという連想のきっかけ)つまり、アダムスミスもそうでしたが、ケインズもまた現実の問題へ取り組んだ結果、その時代に即した理論を打ち立てた訳です。
経済学というと経済活動の真理を解き明かす(もちろんそうですが、)が、理論と現実は乖離している印象でしたが、経済学は(もしかすると特に偉大とされる学者ほど)現実の問題へ真摯に取り組む学問だと思いました。
ところで、ケインズの言葉に、「長期的に見ると皆死んでしまう。」という一説があります。(有名らしい。)つまり、どんなに不況で失業者が溢れても、長期的にみればどこかでバランスして問題は無くなる(人口減少とか、もしくは国家の崩壊、ひょっとしたら種の絶滅かもしれませんが)が、それでは経済学者の存在価値が無い。という思いがあったのだと思います。
まぁ、ケインズはエリートでリアリストだったようなので、そんな彼だからこそ、現在起きている問題をプライドにかけて解き明かし、問題を解決し実効性を持たせる事に意義を感じてたのかもしれないですが。
彼のパーソナリティはおいて置いても、何にせよ、人生を賭けるような問題を解決して、僕も何かを成し遂げたと思ってから永眠したいですね。
という訳で、自分も早く問題設定をせねば・・・。人生短いし。
**おまけ**
今日の竹中氏のイントロダクションの話し。
昔、竹中氏はアメリカの経済学者の一人に「経済学の立場にはケイジアンとかネオ○○とかあるが、あなたは何か?」と聞いた事があるそうです。
その人の答えは「そんな質問は、初めてされた。」だったそうです。
そして、その答えはある意味本質を突いている答えだと、実感されたそうです。
なぜなら経済学者というのは一通りの経済理論を学んだ上で、その状況に合わせて必要な理論で診断し、打ち手を考えていくからです。
市場原理主義とか、ケイジアンかとか、経済学者にレッテル貼りをするのは問題の本質を見失おり、それよりも、今はどういう状況だから市場の原理に任せよう。もしくは政府の役割を増やそうという議論を経済学者はしていると認識するべき。との事。
以上。
第2回の今日のテーマは、ケインズでした。
今回は、正直、ケインズ、ケイジアン、大きな政府?何した人???名前くらいは知ってるけど。というくらいの薄識(こんな日本語はたぶんない。)だったので、ちょっと予習をしていきました。と言っても前日に本を買って読んだだけなので全く効果は無かった・・・。分かったのはマルクスが他界した年にケインズが生まれたって事くらい。
うーん。一ヶ月もあったのに何をしてたのか。
さておき、2回目の今日に改めて再認識したのは、経済学ってのは実践的な解を求める学問なのだな。といういう事です。ケインズも著書の中で、「経済学の学術書は1世代に一つあれば良い。後はパンフレットを配れば良い。」というような事を言っています。つまり、現実の中の問題を如何に解き、如何に大衆にそれを理解させられるかが重要であり、思想にまで届くような学術論文は、その存在価値は短期的には低い。という事だと思います。(長期的には文化的価値が出るかも・・・)
彼の生きた時代は大恐慌があり、失業者が溢れた時代でした。そして彼は失業者を減らす為の策として政府の役割の必要性を論じました。(これが、大きな政府=ケイジアンという連想のきっかけ)つまり、アダムスミスもそうでしたが、ケインズもまた現実の問題へ取り組んだ結果、その時代に即した理論を打ち立てた訳です。
経済学というと経済活動の真理を解き明かす(もちろんそうですが、)が、理論と現実は乖離している印象でしたが、経済学は(もしかすると特に偉大とされる学者ほど)現実の問題へ真摯に取り組む学問だと思いました。
ところで、ケインズの言葉に、「長期的に見ると皆死んでしまう。」という一説があります。(有名らしい。)つまり、どんなに不況で失業者が溢れても、長期的にみればどこかでバランスして問題は無くなる(人口減少とか、もしくは国家の崩壊、ひょっとしたら種の絶滅かもしれませんが)が、それでは経済学者の存在価値が無い。という思いがあったのだと思います。
まぁ、ケインズはエリートでリアリストだったようなので、そんな彼だからこそ、現在起きている問題をプライドにかけて解き明かし、問題を解決し実効性を持たせる事に意義を感じてたのかもしれないですが。
彼のパーソナリティはおいて置いても、何にせよ、人生を賭けるような問題を解決して、僕も何かを成し遂げたと思ってから永眠したいですね。
という訳で、自分も早く問題設定をせねば・・・。人生短いし。
**おまけ**
今日の竹中氏のイントロダクションの話し。
昔、竹中氏はアメリカの経済学者の一人に「経済学の立場にはケイジアンとかネオ○○とかあるが、あなたは何か?」と聞いた事があるそうです。
その人の答えは「そんな質問は、初めてされた。」だったそうです。
そして、その答えはある意味本質を突いている答えだと、実感されたそうです。
なぜなら経済学者というのは一通りの経済理論を学んだ上で、その状況に合わせて必要な理論で診断し、打ち手を考えていくからです。
市場原理主義とか、ケイジアンかとか、経済学者にレッテル貼りをするのは問題の本質を見失おり、それよりも、今はどういう状況だから市場の原理に任せよう。もしくは政府の役割を増やそうという議論を経済学者はしていると認識するべき。との事。
以上。
楽しみ方
今日は、朝から近くのコーヒー屋に行って読書して、ラーメンを食べに新宿に行き、ついでに服を買い、下北沢の立ち飲み居酒屋で飲み、お隣さんの失くしたピアスを探し、そのまた隣のおじさんが手品の如くなくなったピアスを手元からだし、そしてMyベストフレンドにライブパフォーマンスについて一言物申した。
そんな日でした。
two moons /Toe


¥150
iTunes
※モバイル非対応
そして、今日一日で一番聞いた曲がこれ。
アコースティックギターが好きな自分には、かなりヒットするリフになっております。
toeはギターとドラム(キムラカエラの後ろでも叩いてるらしい)のリズムのカラミが絶妙だと思うのだけど、この曲みたいなメローだけで押すのもイケテル。3ヶ月くらい前に買ったってお蔵入りしてたCDでしたが改めて聞いてみたら意外に良かったです。
通り過ぎる人ごみから煙たがれながらタバコを吸い。見上げた空の雲の隙間に見える白い月。
高層ビルと立体交差が幾何学的な情緒を醸し出し、あたかも意味ありげな影は、洛陽と共に姿を失う。
どんなに絶望しても、景色は灰色になんてならない。
何をしたって色あせる事の無い世界が、虚無感を加速させる。
注)toeの曲とはなんら関係ありません。

そんな日でした。
two moons /Toe

¥150
iTunes
※モバイル非対応
そして、今日一日で一番聞いた曲がこれ。
アコースティックギターが好きな自分には、かなりヒットするリフになっております。
toeはギターとドラム(キムラカエラの後ろでも叩いてるらしい)のリズムのカラミが絶妙だと思うのだけど、この曲みたいなメローだけで押すのもイケテル。3ヶ月くらい前に買ったってお蔵入りしてたCDでしたが改めて聞いてみたら意外に良かったです。
通り過ぎる人ごみから煙たがれながらタバコを吸い。見上げた空の雲の隙間に見える白い月。
高層ビルと立体交差が幾何学的な情緒を醸し出し、あたかも意味ありげな影は、洛陽と共に姿を失う。
どんなに絶望しても、景色は灰色になんてならない。
何をしたって色あせる事の無い世界が、虚無感を加速させる。
注)toeの曲とはなんら関係ありません。
