昨日はなんていう一日だったのでしょう…
ミーハーというか、とても影響されやすいと思われるのが嫌でここで、どこかで何かを発信したいのにできずに、ここで書こうと、久々にページをあけました。
小林麻央さん、亡くなられました。
ブログはいつも見ていたし、やはり人として治って欲しいと思っていました。
昨年12月に、勤め先の店主であった会長が同じくガンで亡くなりました。
生前、会長も麻央さんの事について触れていたな…とか、麻央さんが海老蔵さんに最期に「愛してる」と言ったその姿、会長を亡くなる3日前に見舞った時、意識が朦朧とする中私が来たことを奥さんが伝えると
カッと目を開いて何か喋った事と被ってしまいます。
いや、全然立場も状況も麻央さんとは違うのはわかっているんです。
でも、会長は人想いで私の事はとても大事にしてくれた。いつも気にかけてくれた。本能でいつものようになんて事ないよ!という感じで話したかったんだと思う。
麻央さんと同じように、やりたい事がたくさんあるから生きたいと、良いという事はなんでもやって、前向きに過ごしていました。
重なる事が多く、しかし最期の方は会長の病状を見て来た身としてどうしてもその進行具合が重なってしまい、辛い気持ちにもなりましたが、それでも!と
せめて35歳の誕生日を超えてくれたら…と願ってやみませんでした。
今年の2月。健康診断で要精密になりました。
結果、秋の骨折の影響だと分かり脱力したところでした。
もしも何かであったら…と色んな事を覚悟しました。
子供たちはこれからどうして行くのか、医療費の事、そして家を契約する前だったからそれも叶わなくなると申し訳ない気持ちになったり。
ホントに、何もなくて良かったと日々の暮らしを噛み締める大切さを思い知らされました。
この頃頭から離れないもしも自分に何かあったら…という恐怖心。こんな風に考えていたら勿体無いと思いながらもついつい甘いものを食べてしまうダメな自分と、それでもストレス発散や効率を考えた暮らしも必要と思う気持ちが交差する今日この頃。
こういう日はあたらめて食生活や日常生活全般を見直そうと思うのです。
そして、家族の事。
麻央さんのお子さんたちはこれからどうやって生きて行くのでしょう。
甘えたくてももうママはいない。
マナーや立ち居振る舞いは取り巻きたちが教えてくれるでしょう。
しかし、情緒面は…
甘える先がないというのは、本当に小さな子供たちにとってみたらこの上ない試練だと思います。
そう心配しながら旅だった麻央さんを思うとやはり、海老蔵さんの言葉にもあった「無念」でしかないと思います。
どうか、どうか母の愛情により近づける環境でお子さまが気持ちの面で救われながら成長される事ばかり願ってやみません。
我が家。
先にも述べたように、自分に何かあったら自分も辛いし、家族も辛い。
そして、家族に何かあったら自分は辛い。闘病する本人も辛い。
けぽちゃんは、涙もろいので今回の件ではきっと泣いたと思う。
当の本人、この頃酷く耳の病気になり治療中。
幸い命に関わるものではないけれど、もっと体を大事にして欲しい。
こんな日だから、早く帰ってきて、一緒にのんびり夜を過ごすのかと思っていたら「先生が運動していいというから…」と一ヶ月ぶりくらいにフットサルに出かけて行った。
よりによってこんな日に。なんてこったい。
そもそも夜遅くに出かけることで事故の心配もあるし、激しい運動だから突然死の心配もある。寝不足による不規則な生活も心配。本人はその辺の自覚はほぼない。
運動できないストレスとを天秤にかけてみるが、自分には分からない。運動不足も良くないけれど、この生活が良いのか悪いのかは分からない。
こちらがやめて欲しいといってすんなりやめる人ではないし、運動不足への代替え案を出せと言われても出せない。
こちらの想いがいつか伝わるといいなと、後悔しないようになんとなく伝え続けようと思っています。
なんか溢れる想いは沢山あるのだけど、書いても書いても書き足りず、なんとも言えない気持ちは残りますが、少し書き出せてなんとなくスッキリしました。
今現在は不調がない。
だったら今日という日を楽しもう!
そんな気持ちでいます。
小林麻央さん、ご冥福をお祈りいたします。