約1年半、介護した末に癌で彼をなくしてからもう5年?6年?経つ。

 

昨年結婚して、私は今、お腹の中に新しい命を授かっている。

臨月に入り、最近連日見る夢についてちょっと書き記しておきたくて久しぶりにこのブログを開いた。

というのも、私は彼を亡くしてから夢とよく戦っていたから。

 

彼が亡くなってから「恋人を探す夢」をよく見た。

それは私の深層心理をよく表していたので、見るたびに複雑な気持ちになっていた。

 

彼が亡くなった直後は、彼を探す夢。

探して、夢の中で見つけて、起きてもう死んでいることを思い出して涙した。

 

 

新しい恋人ができてからは、自分の恋人が誰なのかを問われる夢。

扉の前に立たされて、この中にあなたの恋人がいるよ、といわれる。

扉を開いて、中に立ってる人物を確認し、私は答える「この人は私の恋人じゃない。私の恋人は....○○さんだもの。」

 

起きて「○○さん」が新しい恋人の名前で安堵する。

ああ、わたし、大丈夫。ちゃんと○○さんが新しい恋人っていえた、と。

ちゃんと前に進めてる、と。

 

 

3年経っても、4年経っても、こういう夢を何度も見て、その度に夢に試されているような気分だった。

死別というのは「恋人の関係を解消する」という過程を踏まない。
彼目線でいえば永遠に私は「彼女」。私としても別れてない人を「元カレ」というのが憚られた。

だから夢で「あなたの彼はだ〜れ?」と聞かれると試されている気分だった。

それは選択肢に亡くなった彼が消えずに残ってるということでもあった。

 

そんな夢も、もう随分と見ていなかったのだけど、最近連日で似たような夢をみるようになった。

 

それが「夫を探す夢」。

夢の中で、なぜか私は夫以外の人と付き合ってる事になっている。

それは死んだ恋人でもなければ元カレでもないのだけど、とにかく「違う人」と付き合っている。

 

私は、「この人じゃない」と直感でわかる。

直感でわかるので相手に「別れましょう」という。

あなたは誰なの?私の探している人じゃない。

むしろなんで私はこの人と付き合ってるの?この人じゃないはずなのに。

そんな気持ちでいっぱい。

 

私は妊娠してるのに、別れるの?シングルマザー?

そんなこともよぎるけど、それでもわかる。

一緒に生きて行くのはこの人じゃないと強い確信がある。

一人でもいい。違う人と付き合うなら私は一人で生きて行く。

 

そんなことを思っていると、笑顔の夫が目の前に現れる。

それでようやく私は思い出して安心する。

 

「ああ、そうだ、思い出した。私はこの人だった。よかった。私にはこの人がいたんだ。」

 

その夢にはもはや亡くなった彼は出てこない。

(亡くなった彼にはごめんね。)

起きて、夢の笑顔の男性が、間違いなく現実での私の夫なのだとわかると、とても安心した。

 

起きるたびに「彼はもういない」「彼を忘れなければならないのに」と思っていたあの数年。
知らないうちにそんな日々に終止符がついたのかなと思った。

 

私は「今」を生きています。

 

昨日、「夢」というタイトルでブログを書いたけど、

書いていて「色んな感情を忘れているな」と思った。

 

そういえば、「夢の話」は以前にブログに書かなかったかな?と思ったら

下書きにしていた記事を発見。4年前に書いた記事だった。

 

同じ内容なのに4年前の方が長くて具体的だったのでせっかくなので公開します。

※ダラダラ長いですがそのまま投下します。

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2014年4月26日下書きにしていた記事

 

タイトル「夢の中の彼」

 

 

彼の夢をよくみる。

 

亡くなってから数週間は毎日夢をみた。

特に亡くなった直後は、夢の中に現れる彼がとてもリアルで

私は夢の中に居た方が彼と会えたから夢の方に居ることが多かった。

 

上司の計らいで何もすることがないのに会社にお休みをいただいた私は

本当に何をすることもなくただひたすらに眠っていた。

 

それこそ、文章を書いたり、気持ちに整理をつけたり、何かもっと有意義に使えばよかったのかもしれないけれど私にはそんな気力がなかった。

夢の中で彼に会って起きてもう居ないのだと思い知らされ、また目を閉じる。

おなかが空いたら最低限何かを食べてまた眠る。そのうち妹が帰ってきて夕食を作る。

それをつまんでまた眠る。

そして夢を見る。

 

お葬式の前日、喪服を用意していなかった私は黒地で灰色のストライプが入ったスーツを着ていくことにしていたのだけれど、正式な喪服ではないことを気にしていた。

 

すると夢の中で彼が現れて、私は彼に駆け寄るやいなや相談を始める。

 

「ねえ、ねえ、私、明日お葬式なんだけどさ、着ていく洋服がこれしかないの。やっぱりストライプはまずいと思う?でもご家族もみんな用意がないし、気にしなくていいよって言ってくれてるんだけど...。」

 

振り向いた彼は何も言わずに微笑んでいて、私は、その顔を見て

「あれ?私、誰のお葬式に行くんだっけ。」と思う。

 

そして、ああ、私は彼のお葬式に行くんだ。あれ、じゃあ目の前に居る彼は誰なの?

そう思ったところで目が覚める。

 

 

よく見る夢は、彼が病気で苦しんでいる夢だ。

 

私の夢に出てくる彼の姿は抗がん剤と放射線の影響で坊主になって、あるときは頭痛に絶叫をあげ、あるときは肩で息をし、あるときは幻想を虚ろな目で見ている彼だった。

 

 

私は、そんな彼の姿を見るととても苦しくなるのだけれどだけど夢の中でいつもそんな彼を見て思う。「でも、まだ生きている。生きているなら可能性は無限だと。」夢の中では気づいていないけれど、裏を返すとそれは「もう亡くなってしまった。もう居ないんだ」という私の気持ちを表しているのだと思う。

 

彼が亡くなった今、骨だけになってしまった今、奇跡はもう1%も残っていないのだとわかっているから、そしてやっぱりそれが辛いからそういう夢を見るのだと思う。

 

昨日はそのパターンと違う夢を見た。

私はなぜか彼とけんかしてて、絶縁ぎりぎりの状態なのに、私は「でも彼は、絶対に私のことを待っているから行かなくちゃ。」と思って、彼に内緒で彼の元へと急ぐ。

そして、会いに行くとベッドに横たわっている彼がいる。顔はむすっとしてるんだけど、でもやっぱり絶対に私が来たことが嬉しくって、むすっとしながら手をのばして私の手を握る。

 

それで仲直り。

 

そんな夢をみた。

 

起きて、冷静に考えてみたんだけど、きっと私は今「私のことを絶対的に好きだった人」の存在に少し今甘えているのだと思う。

 

その人は、もう居ないのだから、そのことをわからなくてはいけないのに。

 

自分の心に隙間ができると引っ張りだして、自分の気持ちを守るためになんだか彼を利用しているみたいに思えてきた。思い出に向き合うことはとても私に必要なことだし

 

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ここで終了。

 

普段は自分の心を整理するためにバーっと文章を書いた後に短く整理をしていくのだけど、精査する前の文章なので長いです。

書きながら自問自答しています。

 

当時のことを思い返すと、自分の心のスキマを埋めるために彼の思い出を美化して「絶対的に私を好きな人(そしてそれは永遠に変わらない)」として思い出の彼に依存していたような気がする。

 

思い出にすがっても良いと思う。

でも、それだけだと過去にしか生きられないから泣いてばかり居ないで思い出の彼にすがらないで強く生きていかなきゃねって夢を見て思った話。

 

 

 

彼が、苦しそうにベッドに伏している夢を何度か見たことがある。

 

私の中の彼のイメージはもはや病状に苦しむ彼の方が大きくて

元気に歩いている彼というよりは叫んだり苦しんだりしている彼の記憶の方が大きい。

 

そういう夢を見るときに私は駆け寄りながら

「大丈夫。大丈夫。だって、まだ生きてる。」といつも思っていた。

 

「まだ、生きているから大丈夫。」

 

その先の絶望を知っているから生まれる感情だということに

夢の中の私は気づいていない。

 

夢の中の私は彼が死んでいたことを知らない。

 

だから目を覚ましたときに、

あぁ、そうだ。

 

彼はもう絶対に戻っては来ない人なんだと、もう一度絶望する。

 

彼は、生前、何度も死にかけて何度も峠を乗り越えていた。

それを隣でずっと見ていたからそんな夢を見るのだろう。

 

彼が、死んだ直後はまだ戻ってくる気がしていた。

今にも息を吹き返しそうな寝顔に見えた。

 

だけど、火葬後に彼の灰と骨を見たときにもう絶対に戻っては来れないんだと思わざるを得なかった。

 

そういう夢から目を覚まし、絶望するときに、あの骨を見たときと同じ感覚が甦るのだった。

 

「奇跡はもう、起こせないんだよ」