2022/6/18のライブをもって、アルパカセブンスは解散となりました。
僕の全身全霊を込めた大切なユニットでした。
2017/10/29に初ライブをしてから、ずっと成長を続けていました。
まだまだ成長したと思うし、音楽的にも次のビジョンを持っていました。
もったいないと最初は思いました。
でもこれは受け入れるべき出来事であり、ここからまた何かが始まる、今ではそう思っています。
会社の友達に解散の報告をしたとき、彼の出身の九州の「のさる」という言葉のことを聞きました。
いろんな意味で使われる言葉で、人からものをもらうときにも使うし、悪いことがやってきたときにも使う。
そしていいことも悪いことも、授かりものだと思って受け入れる。
悪いことだと思って受け入れたら、向こうの方にいいことが見えてくる。
そう、チャンスを授かったのだ、と思います。
アルパカセブンスの活動ではあまり語らなかったのですが、この機会に僕の音楽活動暦を書こうと思います。
1997年、「有害図書」というバンドを会社の同僚とつくりました。
初めてのオリジナルのバンドです。
クセのある曲を書きつつも、ポップ&キャッチーさも心がけていました。
当初浜松を中心に活動していましたが、玄人受けはするもののなかなか理解されないところもあり、東京に足をのばしました。
東京ではいい音楽仲間に恵まれて、充実した活動ができました。2000年頭くらいだったか、この頃が有害図書として一番活動していたと思います。
その後有害図書の活動が少しまばらになってくると同時に、僕は平行して琴とピアノを中心としたCieCieCieというユニットを始めました。
数年間は色々模索して、邦楽系の新しいムーブメントとして名を広められないかと色々イベントにも出たりしました。
インストだけでなく歌ものもつくってみましたが、僕のボーカル力だとクオリティが追いつかず断念しました。
そうこうするうちにだんだん結婚式などの依頼演奏の方が主体となってきました。
10年くらいはその状態が続きました。
その中で、ユニットとしてクラシック曲のアレンジをしたり、琴の合奏曲のような大編成のアレンジをしたりしてアレンジ力は増していきました。またピアノ伴奏としてさまざまな曲をこなすことで、演奏テクニックも磨きがかかりました。
そんな中でアルパカセブンスが始まりました。
しばらくやってなかった歌もののオリジナル曲、しかも有害図書時代にはできなかった、よりポップ志向の音楽ができると色めき立ちました。自分の歌ではどんなにポップにつくっても伝わらなかったのが、やっと売り出せる。
初期のアルパカセブンスはかなりポップなんですが、それはこういう意気込みがあったわけです。
スタートして半年くらい経った頃、イベントのゲストの音楽が独特な世界だったので、それに合わせて有害図書時代のクセ曲「河童」をカバーしてみたら意外とウケがよく、そこからアングラ寄りのクセ曲もつくるようになりました。そうするうちにだんだんアルパカセブンスらしいカラーが仕上がってきます。
えりたすもタイバンのいいところをすぐに吸収し、抜群の成長力でどんどん華を身につけていきます。
そして今に至ります。
急な解散だったので、アルパカセブンスで決まっていたライブをいくつもキャンセルしたわけですが、AVANTIからは僕のソロでできないかと提案を受けました。今まで自分のボーカルは上手くないから売り物にならないと敬遠してたのですが、あらためて歌ってみると、自分でも見えなかった上手い下手ではない独特の味みたいなものがパワーアップしてるのに気付かされました。多分アルパカセブンスも含めた色々な経験もあったんだと思います。有害図書時代にやった同じ曲が当時より説得力が出ていて、自分でもわかるし、周りからの手ごたえもある。若い世代からも食いつきがあって、こういう少し変わったものを逆に求められる時代になってきている感じもあります。
そこで背中を押されて、次はソロでやってみようと決心がつきました。そうしたら今まで自分がつくってきた曲、アルパカセブンスの曲にも自分で歌うと面白いものが色々あるのに気付きました。
そして新しくつくる曲も自分が歌う前提なのでまた変わっていきます。それは新しい扉を開くみたいで、すごくワクワクしています。
アルパカセブンスではある意味でえりたすがブレーキ役になって程よいバランスを保っていたのが、みっこちゃんではそれが外れて全開になるんだと思います。
あらためて、僕の世界の本丸を発揮する機会がやってきたのだと思います。
そう思うと、今回はぞくぞくしています。
何か大きなことが始まろうとしている、そんなぞくぞく感です。