シベリアに眠る日本人 | やえもんの不思議ポッケを作ろう!

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今日は久しぶりに本のお話です。

「シベリアに眠る日本人」 高杉一郎 著

シーベリーという南シベリア原産の植物に興味を持った頃から
「シベリア」にも少し興味が湧いていました。

けれど、残念なことに私たち日本人にとって
シベリアの地と、終戦後長きにわたって抑留され、過酷な労働を強いられ、
多くが日本に帰ることのできなかったシベリア抑留兵の問題は切り離すことのできない
史実だと思います。

この本の著者は抑留経験者です。

シベリアに眠る死者に花を手向け、元収容所所長との再会を喜び、
かつて自分が抑留された地を訪れます。

正直なところ今まで読んできたロシア関連の書物、チェチェン紛争、シベリア抑留、
アフガニスタン侵攻、グルジア侵攻などにより、
私はロシア人に対してとても悪いイメージを抱いていました。

実際に会ったロシア人は決してそうではなかったのに。
恥ずかしいことです。頭では分かっていても心がそうではなかったのです。

著者にはそんな当たり前のことを改めて教えていただきました。
83歳での旅です。
その記憶力、行動力には頭が下がります。

彼が知識層で比較的優遇された立場であったこと、元所長をはじめとする
人間的に尊敬し、理解し合えるロシア人と出会ったことは
抑留者としては恵まれていたのでしょうが、
過酷な環境の中、多くの時は国に棄てられた絶望感とともにあったのです。

ソ連に攻め入ったドイツの俘虜は国の働きかけにより帰還し、
ドイツ政府は抑留年数に応じた一時金も支払ったという。
日本はいったいどうなっているのだ、という苛立ちが伝わります。

この本が出たのが1992年。
ということは、多くの帰還者は亡くなっていることでしょう。

当時「一銭5厘(葉書代)の消耗品」と言われた兵士を

「当分その若干を現地に残留せしめ、賠償として一部の労力を提供することに同意」

としたソ連への和平交渉は実現しなかったにもかかわらず、
ソ連の労働力として消耗したことに対する日本政府の対応に
当事者達は若い時にもっと怒ることができるような状況ではなかったのかもしれません。


シベリア抑留はとても厳しいもので多くの死者、自殺者までも出したこと。
日本人同士でも思想的な問題での吊るし上げが日常茶飯事であったこと。
くらいの知識しか持ち合わせていなかった私は
最近になってその抑留者数が60万人に及んだことを知り驚いたものでした。

60万人!?


終戦直後の日本は大変な食糧難で、
せっかく戦争が終わったというのに人々は飢えに苦しんでいました。

食糧難も、戦争がその大きな要因だったのではないでしょうか。

労働力を失い、生産力がないところに多くの帰還者。
国が60万人のシベリア抑留兵を放置したのも、
もしかしたら、そんな勝手な都合もあったのではないか、
などと疑ってしまいます。

3.11以降、私たち日本人の国に対する信頼感はまた大きく揺らいでいます。
政治に対する関心も高まっています。

歴史や政治を知ることは、自分を知ること。
どんな背景があって今自分がここにいて、どんなふうに考え、どう動くべきかを
判断する大切な材料なのだと思うようになりました。