昨夜は結局20:30ごろ迄 サマルカンド市内をウロウロ…
レギスタン広場の廟みたのを最後に 急に疲れがドッと来たので 宿を目指すことに…結局荷物を背負ったまま4時間もウロついてました…(笑)

宿はアミールホステル 家族経営のホステルで欧米人利用が多かったですが 清潔感あるし Wi-Fiもそこそこ使えたし お手洗いとシャワールームも綺麗で文句なし✨

食材を買いに行く気力もなく 味噌汁だけ啜って寝ました(笑)

一夜明けたら雨☂️ しかもサマルカンドも次に行きたいシャフリサブズも…ちーん…(´-ω-`)

ボケっとしてても仕方がないし 雨でも平気な郷土史博物館へ行くことにしましたヽ(´▽`)/


ウズベキスタンに来て思ったこと…
ウズベキスタンの緑茶が美味しい🍵
しっかり味があって
めっちゃ美味しいんです✨ 急須で淹れてくれるのもまたホッとしますε-(´∀`; )

質素ではありますが 朝食は🥞これ タシケントのアートホステルの朝食が凄すぎて 同じ値段だとちょっとガッカリだけどね〜(笑)

郷土史博物館は新市街にあり なんとアミールホステルからは徒歩3分(笑)雨でも平気✨

実はここ 20世紀初頭のユダヤ人所有の建物を改装したものなので 建物自体も歴史的価値があるのですヽ(*´∀`)✨

入場料は17000ウズベクソム 写真は5000ソム

中央はかつての男性用シナゴーグ←ユダヤ教の教会 を改装したもの 1階は考古学と民俗学の展示があります

ユダヤ人貿易商の家を改装した建物ですが あまりに立派であったため 財産没収を恐れて 完成の4年後に一家は旧市街に移り住んだという事です( ̄▽ ̄;)

ちなみに日差しが強く 良質なブドウが採れるサマルカンドでは古くからワイン作りが行われ 19世紀後半に操業を開始した ワイン工場は博物館を併設しており サマルカンドのワインの歴史を学ぶことができ 他にもテイスティングなどが楽しめるそうです←要予約だそうです💨  

1940-1960年のヴィンテージデザートワインの試飲も出来るそうですよ❤️ 

ソムリエの皆様には是非行っていただきたい✨

さあ やはり雨がやまないサマルカンド…

タジキスタンへの国境越えのルートが 2018年3月21日から復活✨ 

サマルカンドーパンジャケントルートが復活しましたヽ(´▽`)/ バンザイと言いたい❗️これでテルメズまで行かずとも最短ルートでタジク入り出来ます✨

まだあまり情報として上がってこないので 載せておきますね 詳しくは後日 実際に通過してから書きます💨

サマルカンドの空もどんより これで廟の写真撮ってもしっくりこないし〜 時間ももったいないからシャフリサブズに行っちゃうことにします✨

バスはあまり出ていない←バスターミナルが遠い❓からという理由で レギスタン広場向かいにある シェアタクシー乗り場からあまり使いたくないタクシー利用 

シャフリサブズまで歩き方の情報通り 20000ソムで交渉 通りました←最初5ドル とか言ってたけど最後の1人だったから アッサリ折れたよ 

道中は天気が良ければかなりの絶景ポイントでした✨ただし山を越えていくので酔いやすい人は酔い止め必須ヽ(*´∀`)

1:30分でキタブという町を経由してシャフリサブズに到着✨ 

ホットドックが41円だったのでトライしてみたけどなぜポテチが乗ってるのかすごく不思議だった(笑)

シャフリサブズも世界遺産ヽ(´▽`)/
サマルカンドからも片道1時間半と近くて便利 なので日帰りで充分 見所も1時間あれば 徒歩で充分見て回れますε=ε=ε=ε=ε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘

ここはソグディアナの古都 7世紀には玄奘もインドへ行く途中に立ち寄った記録があるとのこと

ですが最もこの名が歴史に留められるのは ここで生まれたティムールの存在

ティムールは1336年にこの地方を治める豪族の家に生まれ この地を地盤に頭角を現し 世界の支配者 への道を歩みます

サマルカンドに負けず劣らない壮大な建築群を次々と建てましたが 16世紀後半 嫉妬にかられたブハラのアブドゥール・ハンによって シャフリサブズの遺産は殆どが破壊されました

シャフリサブズの街アク・サライ宮殿跡から歩いて見ましょう 1380年に着工され ティムールの死後1405年まで建設が続けられました
現在のアーチの高さは38m
壊れる前は50m以上の高さがあったと言います

このアーチの円柱の中ほどに スルタンはアラーの陰である という意味のアラビア文字がありますが もう一方にはスルタンは陰である としか書かれておらず 言い伝えによると この建築家は この誤りのため アーチの上から投げ落とされたそう…

入り口から南へ向かって大理石が敷き詰められた中庭があり 宮殿屋上にはプールがあったとか((((;゚Д゚)))))))

続いて ティムールが葬られるはずだった ドルッサオダット建築群 街に住む老人の皆様からの信仰は素晴らしい ハズラティ・イマーム・モスク ここは22歳の若さで戦死したティムールの息子のために建てた廟

かつては広大な建築群がありましたが 現在残るのは基礎の部分のみ…

この一角にティムールの廟 と言われる墓室が残っており ティムールが自分のために用意したものでしたが ティムールはサマルカンドに葬られました

もう1つだけ残るシャフリサブズの見所 次へ続きます💨