紀元前にはアーリア系民族が住んでいたと考えられ 北の遊牧民族 東の漢族 南のチベット系民族の脅威にさらされていました
東西貿易の要路にあったタリム盆地のオアシス都市には ソグド人やイラン人など様々な民族が暮らしていました
9世紀 キルギス族に追われたウイグル族が 天山山脈南部や東部に定住するようになり タリム盆地の主要な民族はやがてウイグル族となりました
18世紀になると西北エリアは清の領土となり ウイグルの治安維持のため 回族 満洲族 東北地方に住んでいたシボ族などを移住させてウイグル族を分断しました
現在の民族分布や民族構成は 漢族の存在を別にすれば 基本的に清時代に作り上げられたものなのです💨
ウイグル族 ウイグル自治区最大の民族
人口は900万 特に カシュガル=喀什噶爾 や ホータン=和田 に多く住むトルコ系民族でウイグル語を話しウイグル文字を持ちます
男性は刺繍を施した ドッパ と言う四角い帽子をかぶり 女性はカラフルなスカーフと柄物のワンピースを着ていて彫りの深い顔が特徴
カザフ族 人口140万人 北部や東部の草原地帯で暮らし カザフ語を話しイスラム教を信仰しています
草原にゲル←キーグスイを建てて住み 春から秋にかけて放牧を 冬は町で定住生活をしています
男女共乗馬が得意で 鷹狩りをする事でも有名です
漢族 人口約650万人 1949年以降に入植した人がほとんどで文化習慣に大差はありません
回族の方は以前に説明した通り
モンゴル族 人口17万人 天山山脈の北側の草原に住みモンゴル自治州などに住んでいます
アジア全土を支配した時に移住して来た もしくは明時代に権勢を誇ったジュンガル部モンゴル族の末裔でモンゴル語を話し モンゴル文字を持ち チベット仏教を信仰し羊や馬の放牧で生計を立てている人が多いです
キルギス族 人口17万人 トルコ語系のキルギス語を話し 牧畜業を主としています イスラム教を信仰し 米と麺が主食でラクダの肉などを食べますが 野菜はほとんど食べません
シボ族 人口4万人 大部分がイリ河南岸のチャプチャル・シボ自治区およびその周辺に居住しています
元々遼寧省などの東北地方に住んでいたツングース系の狩猟民族でしたが 1764年にイリ地区防衛のために4000人が移住させられ 新疆に定住することになりました
タジク族 人口45000人でその6割がタシュクルガン・タジク自治県に暮らしています イラン語系のタジク語を話しイスラム教を信仰 多くが標高3000m以上の高地に住み 半遊半農の生活を営んでいます 山鷹を崇拝しているので民族舞踊にもその動きが入っているのが特徴です
ウズベク族 人口12000人 新疆各地に散住しています 主に手工業と商業に従事しイスラム教を信仰しています
生活習慣はウイグル族とほとんど同じですが 核家族を好み 結婚したら実家を出て若夫婦で住むのが特徴です
最後に 満州族 人口24000人 300年ほど前に清朝政府の八旗兵として東北地方から移住して来た満州族の末裔 主に農業に従事し 犬肉を食べない以外は漢族とほとんど変わりません…
ということは漢族は犬を食べていたということですね 昨今の動物愛護で段々とその習慣も薄まって来ているのも事実ですが…やはり日本に住んでいる私としては やや驚きです((((;゚Д゚)))))))
そんなわけで 烏魯木斉でのウイグル族エリアを散策してきました✨
昨日いた日本人の男の子達が教えてくれた 麦田国際青年旅舎の下にある 早餐夜餐のブロッコリー炒め🥦
これめちゃくちゃ美味しかったです♪多分中国一美味しいと言っても過言ではないっ❗️←食堂レベルでの話(笑) ぜひ一度食べてみてねっ♪お値段15元でおススメです❤️
斬新ですね(笑)
アルマティ国際空港からバスで市内へ出るには 92番バスが空港出口 出て右側にバス停があるのでそこから乗れます 1回の乗車賃150テンゲ =約50円((((;゚Д゚))))))) 激安っ❗️ 最終は23:20分となっておりました 朝も6:30頃から動くはずです 所用時間50分だそうです
タクシーのナンバープレート 名前などの情報が出るのでスクショ✨
744年モンゴルを統一したウイグル族はウイグル王国を建国 唐の政治にも介入します しかし839年にキルギスに敗れ 南下した結果 866年に西ウイグル王国を建国 こうして西域の主要民族はウイグル族となりました
そしてやっとの思いで中国を通過💨
いやあ〜もう 公安の多さに閉口しました 中国政府のやってることが もおジャイアンですわ…
いろんな意味で精神的に疲れました💦
あ 体は至って元気なので大丈夫👌です
烏魯木斉の中国南方航空会社の経営するホテル前 BRTでいうと紅山駅 近くからエアポートバスが出ています 空港まで20分 お値段15元
中国のセキュリティーチェックまあまあ鬱陶しいんで早めに行ってくださいね
烏魯木斉国際空港でまずチェックインします💨
国際線はだいたいターミナル3です
パスポートをホールドされるので そのまま預け入れ荷物のチェックコーナーへ行かされます
X線検査で何もなければボーディングパスにスタンプを押されるので 再びチェックインカウンターへ
パスポートを返してもらい 保安検査場へ
バッテリーはかなりしっかり調べるので先に出しといたほうが懸命です✨
私は鉄道利用時にハサミで何度も止められましたが
筆談で 我美容師 裁友 と書いて通してもらってました(笑)通じてんだか通じてないんだか(笑)
ハサミを鉄道内で出さないようにと指示されました
もちろん守りますよ✨ 出す必要もないしね(笑)
烏魯木斉国際空港にも一応プライオリティー使えるラウンジはあるんですが…4種類の飲み物とスナック菓子だけしかない上にWi-Fiも中国の携帯番号ないと使えないし 充電場所もありませんので あんまり利用価値はないです(笑)
そしておそらく20:00に営業終了っぽいです(笑)
機内はガラガラの初中国南方航空にて ウルムチーアルマティ(アルマトイ) へ 所用時間1:45分✨
ちなみに国際列車が毎日 ウルムチーアルマティ へ出ております♪ 所用時間30時間❗️(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾
あたしゃ急ぐんで 飛行機にしました(笑)だって値段も変わらないんだもん✨
道中の風景を楽し見たい方 ぜひ国際列車にトライして下さいね〜ヽ(´▽`)/
飛行機を使って良かったこと…
陸路で国境を越えられなかったけど ビザのトラブルや滞在登録のミスがない←空港経由だとスタンプを押してもらって確実にこれら2つの問題クリア
2018年5月現在 カザフスタンでは日本人に対して緩和措置を取っているのでビザ不要 滞在登録も免除です 長期滞在の方は事前に必ず大使館で確認を_φ( ̄ー ̄ )
そして 飛行機から素晴らしい天山山脈の夕暮れの景色を拝めた事←天山山脈は世界自然遺産に登録されています♪ すんごい長い山脈なので 登るとかはありません(笑)この山脈がキルギスと中国を隔てています
そしてもう1つ カザフスタンの アルトゥン・エメリ国立自然公園 を上空から眺めることが出来た事っ❗️
アルマティから300kmも離れている上 敷地面積46万㌶と途方も無い広さでして…
交通機関もないし ツアーじゃないといけなかったのでめっちゃラッキーでした🤞
流石に駆け回る動物までは肉眼で追えませんでしたが 1500万年前からある湖を現在も見ることができて感動です✨
ちなみにこちら宿泊施設もあるので自然と動物が大好きな方 運が良ければアジアノロバの群れなんかにも遭遇できるかもしれません♪♪ヽ(´▽`)/
山脈をバックに無事カザフスタン第二の首都アルマティへ到着✨
入国時 入国カードに諸情報記入してから審査レーンへ並びます💨 待ち時間はさほどなく 日本人は質問もされず 名前のチェックだけで 20分ほどで終了💨
余った中国元を両替 空港は1元50テンゲ 市内の方がもう少しレートはいいですが めっちゃ損っ❗️て額でもありません
アルマティ国際空港からバスで市内へ出るには 92番バスが空港出口 出て右側にバス停があるのでそこから乗れます 1回の乗車賃150テンゲ =約50円((((;゚Д゚))))))) 激安っ❗️ 最終は23:20分となっておりました 朝も6:30頃から動くはずです 所用時間50分だそうです
で〜す〜が〜( ̄▽ ̄;)
シツコイめのタクシー運転手を振り払い ツーリストインフォメーションにいた 可愛くて若い😍お姉ちゃんに質問すると
今日は国の祝日でバスがお休みなの だからタクシーしかないの…(T ^ T)
うむ…歩き方には市内まで3000テンゲ←1000円 とある
高いけど無いもんしゃ〜ないねえ(ーー;) と思っていると どこに宿泊するか聞かれたので 宿の住所を見せると 携帯いじってくれて
3分後にはカザフスタン版ウーバーを手配してくれましたヽ(´▽`)/ しかもお値段半額の1500テンゲ =500円未満っ❗️そんな値段で12kmも走ってくれるってスゴイよね 日本じゃ初乗り運賃にもなんないわ(笑)
もしアルマティ国際空港から シェアしてタクシーに乗るならインフォメーションのお姉さんに聞いてみるといいよ❤️ 一人100円ちょっとで市内へ移動できちゃいます( ̄∀ ̄)
タクシーのナンバープレート 名前などの情報が出るのでスクショ✨
なんかあったらこれを警察に見せればいいという手筈ですが 登録されてるから 運転手さんもちゃんとしてくれてますε-(´∀`; )
20分で宿へ到着 チップとか 変な言いがかりも一切つけられず きちんと送り届けてくれて宿の前で中に入るまで待ってくれました(ノ_<) ええ人やあ〜
スパシーバ しかわかんないで来たのに皆親切すぎて泣けます💦
宿は口コミ絶賛だった Dostky hostel オーナーのママが英語ペラペラ キッチンも部屋も全てがとても綺麗 お手洗いは広いし シャワーブースがきちんとしています 1泊1800テンゲ Booking.com で予約可能
とりあえずトラブルなくカザフに入国出来ました💨
中央アジアの移動はこれがスタート 問題はこの先のトルクメニスタンのビザですわ なんとか最短で時間ロスなく回らないと その先に進めないぞ〜
歳は若くは御座いませんが 一応脳みそフル回転させて頑張ります(=´∀`)人(´∀`=)
では最後に恒例の歴史編_φ(・_・
シルクロードと名付けたドイツ人地理学者リヒトホーフェンさん 彼は中国とパキスタンやアフガニスタンを結ぶルートを想定していましたが 今はグッとその地域も拡大され東アジアとヨーロッパを結ぶルートのことをそう呼んでいます
さまざまなルートがありますが 大きくは3つ
いずれも西安を起点にし
河西回廊←私が今回通って来たルート
天山北路 ←敦煌からハミを通るルート
天山南路北道←タクラマカン砂漠をグルっと囲むルートと天山南路南道←敦煌からミーランやチャルチャン ホータンを経てヤルカンドに至り ここから南進すると北インドやネパールに着くルート あるいはタシュクルガンからパミール高原うぃ超えるとパキスタンやアフガニスタンに抜けるルート に分かれています💨 もう地図見てもらうのが早いです(笑)
紀元前4世紀 匈奴が強勢となり 紀元前176年にはイーニンなどの楼閣エリアのオアシス都市が没落し モンゴル高原から西北エリア全土が匈奴の支配下になります
彼らはイランで絹貿易をし巨額の富を得ましたが その絹は中国から奪い取ったものでした
紀元前121年 河西回廊に進出した武帝は匈奴を北へ追いやり これ以降敦煌までのエリアを中国と考えるようになりました
240年頃 西トルキスタン←現在のパキスタンとアフガニスタンの有名な王カニシカのクシャン朝が滅び 大量のアーリア系移民が西域に流入した結果 支配層がアーリア系に取って代わります
隆盛を誇ったササン朝は7世紀半ばアラブ・イスラム勢力のウマイヤ朝に滅ぼされ 西トルキスタンにはアラブ軍が進入してきました
唐は高仙芝を派遣して751年アラブ軍と対峙 これが タラス河畔の戦い です 唐の圧倒的勝利の結果アラブに中国の製紙技術が伝わったのでした
755年 安史の乱を境に内乱時代に突入 オアシス路はチベットの吐藩に占領され 唐はモンゴルを経由するルートを開拓したのでした
その後イスラム教に改宗され それまでウイグル族が信仰していたキリスト教 マニ教 仏教なども徐々にイスラム教を信仰する民族へと変わっていきました
13世紀はモンゴルの時代 中国全土を含む全アジアがモンゴルの支配下となり シルクロードは最後の全盛を迎えます
14世紀以降主な貿易ルートは海洋ルートとなりシルクロードは廃れて行きました
100年間漢を支配した元は明によって故地のモンゴルへと追われます💨
明は万里の長城を大改修して北元の南下に備えました シルクロードの明の勢力は甘粛までに留まり その結果万里の頂上の西端で嘉峪関が築かれました
17世紀 清は中国の征服に成功しイリ将軍をイリに置いて西域を支配 以後西域は新疆と言われるようになります
19世紀 北はロシアから 西はイギリスが勢力を伸ばし清と対立した結果 シルクロードは分断され交易はほとんど行われなくなりました
20世紀には新疆諸民族の独立運動が活発になりますが 1949年に人民解放軍がウルムチに入域すると 中華人民共和国の一部となり 1955年に新疆ウイグル自治区が成立し今日に至ります
現在は 西部大開発 の号令もと 国家プロジェクトで開発が進められています…_φ(・_・
以上をもちまして中国編終了〜✨
歴史がありますね〜物事には必ず理由があります💨 今回も色々学べました♪ いつまで覚えていられるかはわかりませんが(笑) これをベースに世界を見ていきたいと思いますヽ(´▽`)/
ここまでお付き合いくださった お優しく気の長い読者の皆様に感謝です(^人^)














