一夜明け ゲストハウスのママ曰く 明日は雨予想よ〜 との事で 雨を覚悟で起きましたところ…

うん…❓ヽ(*´∀`)快晴✨

予想が外れて良かったわね〜 だって(笑)

朝ごはん食べながら

一緒のゲストハウスにお泊りだったドイツ人カップルが  今日はゲストハウスがやっているツアーに参加して ママさんの旦那様がガイド兼ドライバーで オルホン滝を見に行った後に 郷土料理のランチを食べて その後乗馬するんだ( ̄∀ ̄) ✨

と話してくれたので 早速地図を睨むと 
なんと❗️ 私の行きたいお寺を通るじゃないか…

早速交渉💨

かくかくしかじか…実はシャンハ寺に行きたくて 滝に行く道中なんだけど もし差し支えなければ途中まで車に同乗させてもらえないかしら❓

いいけど 帰りどうすんの❗️( ゚д゚)22kmあるよ

うん 帰りは歩くヽ(*´∀`) か 
その辺の馬は到底捕まえられんから…
羊か山羊に乗って帰るよ 

って言ったら大笑い(≧∇≦)

冗談だけど22kmならハーフマラソンだし 
ヒッチハイクがあるじゃないか❗️ 
なんせ公共の交通機関は無いのです…

と言うわけで 早速乗せていただき シャンハ寺近くでお別れ 良い一日を〜とここでさようなら( ^_^)/~~

シャンハ寺は 世界文化遺産オルホン渓谷の文化的景観 に登録されたエリア内の1つ

1647年に建立され 最盛期には1500人の僧がいましたが 社会主義時代の仏教弾圧で僧のほとんどが粛清され 生き延びた僧はたった5人だけでした(T_T)
廃寺となっていましたが1990年に再開
このシャンハ寺のチベット仏教仏画のタンカは寺宝であり これも仏教弾圧期に寺の僧が密かに持ち出し隠しておいたために保存されたのです✨

じっくりお寺の境内を2周して 見終わったので ハラホリンへ戻りますっ💨

まあノンビリ行けばいいわ〜時間は沢山あるんだし…と 道沿いを歩いていました 見渡す限り…

なあ〜んもねえ〜っ❗️( ̄(工) ̄)

そこへバイクに乗ったおじいちゃんが通過💨
荷物も載ってるし うん…ありゃ〜無理だよね(笑)

と諦めたら 20m先で停まってくれて…

まさかと思ってたら 後部席のステップ出してくれたのよ〜( ゚д゚)💦

慌てて駆け寄り ハラホリン と言うと 頷いてくれたので 途中まで乗せて頂いたのヽ(´▽`)/

バイラルラ〜ありがと〜(>人<;)

近くまで来たところで降ろしてくれたので その先は歩くつもりでいたら なんと 次の車を見つけてくれ🚘 その車に乗せてもっらてハラホリンへ戻ることが出来ました✨ 驚異の時間ロスゼロです❗️ タクシー利用並みですっ(笑)

モンゴルの人はなんて親切なんだ❗️

お礼に日本の小さなお土産をお渡ししました(^人^)こう言う時の為にいつもお土産を持ち歩いてます✨

奇跡的に12:00前に 次なる目的地 カラコルム博物館へ到着ヽ(*´∀`)

ここはモンゴル政府が日本のJICAの援助を受けて建てた博物館 さすが日本です🇯🇵 素晴らしいクオリティー その上モンゴル語➡️英語➡️日本語の解説がありました

ここの常設展示は オルホン渓谷の文化的景観 に登録されたエリア内の考古学遺跡を時代順に展示しています

13世紀以降の資料としては1220年にチンギス・ハーンがモンゴル帝国の首都と制定し その息子オゴデイがその後築いた城郭都市カラコルムの遺跡から発見された物を展示しています

お陰でスムーズに博物館をまわることが出来て 今回時間と足がないので行けない世界遺産群の解説まで見ることが出来ました∩^ω^∩

なんと素晴らしい(T_T)✨

JICAのスタッフさん 本当にお疲れ様でした

ただ一つだけ付け加えるとしたら 外に植樹した木の手入れを教えてあげてください(笑)

この乾燥した大地で生き延びるのは至難の技にもかかわらず 枝がボーボーで メインの幹が大きくなれません(笑) 

どなたかプロの方 剪定方法を教えて差し上げてください(笑)

モンゴルにはほとんど木が生えません 強風と乾燥した大地にあるのは短い草ばかり…なのでお手入れ方法を知らないと思うのです(笑)

さて ここで模型や出土品を見て勉強をし エルデニ・ゾーの周りに大きな都市があったことがよく分かりました_φ(・_・ 少し詳しく説明すると

この城郭都市カラコルムには仏教だけでなく イスラム教 キリスト教などの宗教が存在し 多くの宗教施設が建っていたと言うから驚きです

教会 お寺 そしてモスクが混在していたのですから…この当時世界的にもかなり希少な国際都市であったことでしょう_φ( ̄ー ̄ )

オルホン渓谷の文化的景観の遺跡や文化財の中で最も規模が大きく 最も有名な建物 それがエルデニ・ゾー

108の卒塔婆の塔と外壁に囲まれた正方形の境内に建つ モンゴルでは最古のチベット仏教寺院であり 現在18棟が現存しています_φ( ̄ー ̄ )

元々1586-1674年にかけて次々と寺院が建てられ 外壁の基と4つの角にストゥーパ 卒塔婆塔が建てられました  エルデニ・ゾー建設当時 モンゴルにはチベット仏教ゲルク派はそれほど浸透していなかったので ゲルク派のために造られましたが 当時の伽藍はチベット仏教様式とは異なり モンゴル風の建築様式でした

メインのゴルバン・ゾーの西寺には釈迦が祀られています👇 また中央の内部には仏陀13歳の像があり 参拝者が絶えません

やがてダライ・ラマ4世がモンゴル人のアルタン・ハーンの孫に転生すると モンゴル人はことごとくゲルク派チベット仏教に帰依するようになったと言われています💨

1917年には境内に62棟の寺院と500の建物があり1万人を超す僧侶が居住していたと言われています

ソボルガン塔 モンゴル名はアルタン・ソボルガ
ストゥーパの下には釈迦の遺骨←仏舎利 収納堂であり 仏法や宇宙の象徴ともされています…という話…

個人的に突っ込むと 例えお釈迦様のの御遺体を1ミリ単位で刻み 頭髪を全て引き抜いたとしても…世界中にあるストゥーパの数には到底足りませんでしょうに…

とか言ってはいけませんね 
例え思っていたとしても…
お口にチャックっ🤐❗️ (笑)古っ❗️

ストゥーパはインド発祥のものですが ここの装飾はモンゴル風です🇲🇳

モンゴル革命後1930年からのソ連の政治的圧力を受け仏教は弾圧され 1936-1939年にモンゴルでは31597人が粛清されましたが そのうちの17000人は僧侶でした💦

エルデニ・ゾーにいた550人の僧の多くは殺され 60棟あった寺院は18棟に…

1938年には残っていた64人の僧は全員帰俗させられ
エルデニ・ゾーは閉鎖されました…

その後当時のモンゴルの最高責任者がここを博物館とし 1989年まで博物館のままでした

ラプラン寺👇 18世紀 全モンゴルからの寄付で建立されました 若い僧侶が沢山おられます

これらの寺院群はかつてのカラコルム宮殿や寺院の建築廃材を使い建造されたと言われ 礎石などにそれらを偲ばせるような文様や碑文が完全な形で またあるいは破片として遺されています

1944年に国家保護が与えられましたが これは当時国家保護を受けた唯一のモンゴル風建築だったそうです

聞けば聞くほど悲しい話ですね(´Д` )💦

最後に少し寄付をして出ようと 中を覗き込むと何やら乾燥した茶色い塊が沢山…

ん❓(・・?)
これはいわゆる…

フンでは❓(・・?)❓

誰も盗らへんっ❗️って(笑)


ちなみにここ ハラホリン
1990年代にユネスコと日本 ドイツの協力で街の南側一帯でモンケ・ハーンの寺趾を発掘✨ という功績を成し遂げましたが

なんと❗️明治41年夏 つまり1908年…
実に今から110年前(・Д・)にっ❗️

日本の第2次大谷探検隊の 橋瑞超 野村英三郎 らが日本人として初めてここを調査しています_φ( ̄ー ̄ )

スゴイですよね〜( ´ ▽ ` )ノ

110年も前に既にこの土地に来ていた日本人がいるんですものね…当時は何で来たのだろう…中国を経由し 鉄道で砂漠まで来て そこからラクダでゴビ砂漠を抜けて来たんだろうか…(・・?)

冒険だっただろうなあ…そう思えばタクシーも飛行機もあって 草原の中にテレビやWi-Fiがあるなんて 彼らからしたら本当にドラえもんの世界だわ(笑)