心理カウンセラーみつきです。
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みつきの自己紹介
先日彼と毎年恒例の海水浴に行って来ました。
結婚を含めた将来を一緒に生きる約束は
私との別れを選ぶ位に
決断しがたいと言っていた彼と、
そんな思いを抱えている彼に対して
そのままの彼を愛していく覚悟が
ふんわりとしかまだ持てていない私。
「今をひとつひとつ大切に過ごしたい彼」と
「未来を共有して支え合いたい私(結婚)」
同じ様でいて同じではなく
そのどちらも間違ってはいないけれど
交わることもありません。
ただ私の中で
本当にそれが人生でやりたいことなのか
過去の悲しい痛みから来る願いなのか
模索中というのもあり、
彼のいう
今をひとつひとつ大切に過ごす事で
一緒に生きるとは何かの答えを探していました。
彼と過ごす楽しくて優しい時間の中
彼の運転する助手席でふと私の中から
淋しさもじんわりと溢れてきました。
二人の思いは交わる事は無いんだよなぁ、
お互いに何かトラブルがあっても
公的に支え合える未来は無くて
こんなに何年も一緒にいるのに
何かあれば容易に消してしまえるんだよなぁ、
そして彼はそれでも今のままでいるという選択を
絶対に曲げる事は無いのだと
一緒にいるのにとっても淋しい気持ちが
溢れ出してしまいました。
彼との見ている世界の違いを
受け入れようとした時に
少しだけ感じる淋しさ。
ただこの先誰と出会っても
友達でも職場でもみんな違うのが当たり前で、
それでもお互いの違いはあるけれど
それを含めて今一緒に居ようと決めているからこそ付き合ってもいる私達でもあります。
私の「未来を共有しながら一緒に生きていきたい」という望みはそういう痛みや困難も含めたもの、
という事はもう既に願いは叶っているし、
その積み重ねが一緒に生きることでもあります。
負の気持ちがありながらも楽しい時間もあって、
一緒に生きるをしたい私がまずはここを受け入れて生きることが大切であると言えます。
痛みは無くならないし無くそうとしない。
だから私はそんな痛みと一緒に
彼との優しい時間を重ねていきたいと思います。
何故なら一緒に生きたいのは私だから、
一緒に生きると決めたのは私だからです。
これからもこの淋しさと共に
心に寄り添って生きていきます。

