ちゃいろは、動物のいる施設へ、子猫の時に捨てられた茶トラの雄猫です。

車の音をおぼえられてしまったので、毎朝餌をあげていました。



施設には毎年シーズンごとに子猫が故意に捨てられる為、施設の事務所には、捨て猫犯罪防止ポスターを貼るよう何度もお願いし、見本として環境省のポスターを印刷しお渡ししたりもしましたが、一向に捨て猫防止対策の気配はなく、こちらが疲弊するばかりで余裕がなくなり、施設周りの猫問題から一切手を引くこととなりました。



施設内外での餌やりも禁止されてしまい、それに対して抗議する気力もなかったので、ちゃいろは触れない野良猫でしたが、最後に捕獲器を掛け捕まらなかったらそのまま諦めようと決心したところ、食いしん坊の彼はしっかり捕まってしまい、保護する事になりました。





保護して1年半の今現在、更に大きくなったちゃいろは、まるで昔から飼われていた猫のように甘えん坊のオヤジ猫です。

幸い、ちょっとした噛み癖と運動音痴以外に問題はなく、元気に暮らしています。


2019年には、施設の小動物を襲ったという濡れ衣をきせられ、施設スタッフから駆除される予定だった、しょぼしょぼのちゃいろ。(もしも本当に捨てられていたら、施設スタッフは犯罪者になるところでした)

今現在、まごうことなき、家猫です。


昨年の夏には牛舎まわりで元気に飛び跳ねる子猫がわんさかいましたが、秋が深まりつつある頃、再びその場所を訪ねてみると、鼻水目ヤニだらけの子猫2匹のみが生き残っていました。

母猫の避妊手術を行うついでに、残された2匹を病院に連れて行くと、酷い猫風邪を引いていた為、やむなく保護する流れとなりました。

幸い、ご近所さんが預かりをしてくださり、手厚い治療を施してくださいましたが、まもなく家庭のご事情で2匹を飼養し続けるのが難しくなり、お世話になっている保護施設にお預けすることとなりました。




2匹は白茶と白三毛で、水玉のような模様でしたので、水玉兄妹と呼んでいました。


施設では、兄妹仲良く元気に暮らしていましたが、1匹ずつのオファーしかいただけず、2匹一緒に迎え入れてくださる希望者は、中々現れません。




そんな中、この度、兄妹揃っての里親希望の方と巡り会うことができ、晴れてトライアル出発です!




やっぱり兄妹一緒が安心だにゃ😽


早速、「おかか」くん、「うめ」ちゃん、という素敵なお名前をいただきました!

まだ、トライアルの最中ではありますが、水玉兄妹 改め おにぎり兄妹は、あたたかいご家族とともに、ますます幸せ目指してがんばる所存でごにゃいます😸


交通事故にあった猫を、安楽死させました。


猫は道で車にぶつかり一晩以上草むらに隠れ、翌朝に、おそらく必死で這いずりながら元いた場所に戻ろうとしているところを、発見されました。

病院に連れて行くと、腰の骨に損傷があり、後脚が麻痺して動かせない状態とわかりました。

数年前に去勢手術をお手伝いした外飼いの猫でしたので、前脚の傷は消毒して包帯を巻いてもらい、抗生剤の注射を打ってから、餌やりさんの元へ連れ帰りました。

餌やりさんのところでは、毎日包帯の交換と薬を2錠飲ませる治療を続けていただき、ケージ内で安静にして回復を待つこととなりました。

それから1週間、治療を試みましたが、間もなく水も食事もとらなくなってしまい、再度病院で診ていただくと、前脚の傷の壊死が急速に進んでしまい、間もなく前脚は腐って落ちてしまうだろうと言われました。

餌やりさんは高齢な上、今まで猫を家の中に入れた事はなく、下半身が動かせないその子の面倒を命尽きるまで家の中で看る事は不可能で、他に預かる人手もないことを伝えると、獣医さんは、言い難いけれど安楽死するしかないのではないか…と言ってくださいました。

餌やりさんは家に入れないまでも、名前を付けて面倒を見てくださっていた飼主さんなので、ここは餌やりさんとご家族に判断を委ねることにしました。


その後餌やりさんと相談し、猫にとっても餌やりさんにとってもいちばん苦痛のない選択が何なのかを話し合い、安楽死をすることに決めました。





もしかすると、もっと必死に保護してくださる方を探していたら、そして必死に治療を試みる事ができたら、この子の命を救えたのかもしれません。

しかし私たちの生命にも限界があり、日々の生活があり、どこまでをこの子に捧げられるのか、決断をしなくてはなりません。

その結果、私たちの生命と生活を優先しました。


このような選択は、本当に苦しいです。

突然、救世主のような人物が現れて、この子のケガを治してあげるよ、と連れて行ってくれたら、どれだけ楽だろう…


考えてみれば、それが「安楽死」という選択肢なのかもしれないです。


他の生命を犠牲にして、やっとこさ生きている私たち。

助けられなかった生命に対して申し訳ない気持ちとともに、ありがとうという気持ちも忘れず、今ある生命とともに生きていかないと。