僕は恵まれた人間だ。

心の何処かでそれをわかっていながらも、不幸な振りをしてきた。

ツイていない運のない振りを。



でも本当に何かを失ったときにはやはり気付かされる。


僕は恵まれた人間だ。


たとえば僕のために泣いてくれる両親。

まあこれは僕が泣かしているとも言えるわけで

すなわち唯の親不孝と言ってしまえばそれまでなのではあるが。


たとえば僕に電話をくれる友人たち。

しばらく疎遠になっていた人や、わざわざ僕なんかを誘わなくてもいいような人でさえ、連絡をくれる。

とんでもない時間に食事に誘われて口では文句を言いつつも心底嬉しい。

今ちょっと家の前を通ったから元気かなと思って、などと生存確認されても嬉しい。

家に帰るのだるいから泊めて、といきなり押しかけられても嬉しい。

どうせ暇だろうからなどと言ってくれるけれど、絶対に気を遣わせているのはわかっている。

人づてに、あの人が心配していたよなどと聞かされると、すごく申し訳なく思う。


たとえば僕を想ってくれる人。

経験値がほぼないに等しい僕に相手の気持ちを慮ることは不可能に近い。

どれだけ僕を想ってくれているのかわからないし、想ってくれているのかどうかすら定かでない。

でも、そのような人がひとりでもいてくれている(かもしれない)ということは本当に幸せだ。

見る目がないという点においては恵まれてはいないと断言できるが。




そして、僕はそれぞれに対してその恩義に値するものを全く返し得ていない。

全くゼロだ。

両親にも友人にもあの人にも。

僕はとても幸せなのに、幸せなはずなのに。

みんなから幸せを貰うばかりだ。



アルコールで満たされ吐き気のする身体を夜風になびかせながら、僕は彷徨う。

また歩むべき道を探すために。