秋元康/著
年の瀬、ごく平凡なサラリーマンだった主人公が唐突に余命半年の宣告を受ける。
残りの半年に何をすべきか、悩んだ末に見つけた答えは、人生に関わった一人一人に会って遺書を渡すこと。
初恋の人、高校時代の友人、疎遠になってしまった兄弟、仕事で関わった人・・・
様々な出会いを通じて、今までは素通りしてきた本当に大切なもの、自分という人間が見えてくる。
去年、映画化されてましたが見たことなかったです。
と思ったら、ラストのチアのシーンを読んでいて急にCMか何かで見た映像がダブってきました。
リアルすぎて余計に泣けました。
主人公がとにかくひたすら“普通の人”。
そつなく仕事をこなす仕事人間で、家庭があり、浮気をしている。
ダメな姿もきちんとさらけ出している。
ものすごく人間くさい人間で、目が離せない。
父親と大学生の息子との関係が、いつの間にか男同士の関係になります。
息子を一人前の男として、なんて少し古臭いような気もしますが、温かい気持ちになりました。
感情移入できる相手が多すぎて、いろんなところで泣きました。
ところが、作品中にこんな言葉がありました。
「〝悲しい〟という感情は、〝優越感〟の上に成り立つものだと……。
あくまで、哀れみの気持ちなのだ。」
ああ、私がこれだけ泣いているのは同情、哀れみに過ぎないんだな、と興醒めしました。
でもせっかくなので、そういうプレイだということにして読み進めました。
たぶんこれから先、本を読んで泣くたびにこのことを思い出して、同情プレイを愉しむことになると思います。
“死ぬ系”の話が好きなの?と聞かれて返答に窮しました。
家族や友達について描かれると号泣するのは自覚していたけれど、死はどうだろう。
っていうか、私が感じてきたのは全て哀れみだったのかな。
感動もどこかに混ざってるんじゃないかしら。
音楽や絵を見てぞくっとするように、本を読んでじわっとしたことだってあったもん。
もう1回くらい読んで決着つけたいと思います。
この人、長編小説はこれが初だそうです。
すごいな。
昨日「深イイ話」に秋元康が出てるから見てました。
ものを見る目はひとを見る目だな。