満たされたいと思うなら
自分の器と重ねなければいけない
自分の器より
欲望のザルの方が大きいと
いつまで経っても満たされることはできない
満たされたいと思うなら
自分の器を大きくするか、
欲望のザルを小さくすること
そう考えて少し謙虚な気持ちになった
本や雑誌が売れなくなっている理由として
インターネット普及のせいだとか
不景気のせいだとか
そこから派生して
かさばるモノを減らす意識や
紙を使わないエコ意識のためだとか
はたまた
あの大手中古本売買店のせいだとか
まぁ理由や原因はいろいろあるのでしょうが
お気に入りの雑誌が休刊(という名の事実上の廃刊)に
追いやられてしまうのは、やはりとても残念で仕方ありません
で、いつも思うのですが
休刊のお知らせを出す前に
「休刊危機のお知らせ」を出してくれたらな、と
そうすれば
いつまでも続くという思いから2号に1冊くらいの割合で購読している
(私のような)読者が毎号きちんと購読するようになるかもしれませんし
休刊してほしくないという読者の
それまでよりずっと積極的な宣伝もあるでしょうし
もちろんまとめ買いするような太っ腹な読者も出てくるでしょう
もちろん、休刊危機になるような雑誌が
休刊危機のお知らせを出したところで
危機を完全回避できるとは思いませんが
少なくとも
その雑誌を楽しみに購読している読者にとって
心の準備ができる前置きになると思うのです
出版社の方にぜひご検討願いたいと思います
たとえば
「美しくなりたい」と「美しくありたい」
「優しくなりたい」と「優しくありたい」
「豊かになりたい」と「豊かでありたい」
ふと思ったのですが
「なりたい」は今はそうではない状態のために、それを求める言葉で
「ありたい」はそういう状態である、あるいはそういう要素をすでに持っていて
それを高めることを求める言葉じゃないだろうか、と
すでに美しい人や、優しい人は
「美しくなりたい」「優しくなりたい」ではなく
「美しくありたい」「優しくありたい」と思うのではないでしょうか?
私の言語感覚の問題かもしれませんが
アファメーションで言い切り型の表現がしっくりこない場合にも
「ありたい」は有効だと思うのです
「ありたい」には“常に”“これからも”という言葉がよく似合うし
すでにそれを含んでいる表現だと思えるのです
私は健康なので「健康になりたい」とは思いませんが
「“これからも”健康でありたい」と思います
それと同じように
「なりたい」よりも「ありたい」という言葉を使ってみませんか?
ふきんの洗い方について調べてみたら
洗濯機で洗う派が結構たくさん居ることを知った
何と一緒に洗うかとか
そのふきんの使用状況とか
洗濯機で洗う派の背景もいろいろあると思うが
私はふきんを洗濯機で洗う気にはなれない
他のものと一緒にせず、
ふきんだけを洗濯機で洗うにしても抵抗がある
ついでに言うなら
タオル類と靴下をまとめて洗うのにも、
さらには
靴下や便座カバーなどを洗ったあとの洗濯機で
顔を拭くタオルを洗うのにも抵抗がある
なのでうちの洗濯物は汚れ具合によって
(実際にそんなに汚れているわけではないのだが気分的に)
3段階にわけており
汚れのもっとも軽いものを1、
汚れのひどいものを3、
その間の2というふうに分け
洗濯機を回す順番を
1→3→2→1→3→2を繰り返すようにしている
面倒だし、まとめて洗えたなら節水・時短になるのになと
思うこともあるけれど
納得できるのがこのやり方なのだから仕方がない
実際のところ、
私が知りたかったのは
“ふきんの手洗いの仕方”で
どれくらいの石鹸をつけるのか、とか
どれくらいこすり合わせれば汚れがきちんと落ちているのか、とか
すすぎ方、絞り方などを動画か何かで見れたらと
思っていたのだけれど。
ランチタイムに定食屋さんに入ってご飯を食べながら
何気なく周りを見ていたら
向かいのテーブルに座った30歳くらいのOLが
お茶碗をグラスや湯呑を持つみたいに持っていて
なんだかなぁ、と思い、
ふと横のテーブルにいた20代前半の、
若干ギャルギャルした二人を見たら
きちんとお茶碗を持って、箸使いも悪くなくて
(少し姿勢が悪いのが残念だけど)
何となくほっとした気持ちになった
その日の晩
知人に誘われてご飯を食べに行ったら
隣に座った70歳になる女性が
お茶碗を持たずにご飯を食べているのを見た
若い頃、
人は齢を重ねるだけで賢くなるのかと思っていた
だけど現実はそうじゃない
もっと精進しないとな、と思った
昨日の夕方のこと。
地元のわりと小さな書店で立ち読みしていたら、
後ろで男性客が店員をつかまえて話はじめた。
要約すると
「私はパソコン初心者なのだが、音楽ファイルを
DVDに保存して残しておきたい。やり方がわからないので、
それに関するわかりやすい本を探している。どの本がわかりやすいか?」
というような内容だった。
が、その口調があまりにたどたどしかったので
思わず、どんな人なのだろうと振り返って見てしまった。
30代半ばくらいの、メガネをかけた中学校教師みたいな人と
その人をそのままずっと若くしたような店員、という組み合わせだった
パッと見、どちらも私よりはずっとパソコンに詳しそうな感じに見えるが
どちらもよくわかってないことが丸出しで
男性は何がわからないのかをわかっておらず(全部、かもしれない)、
店員も、わからないならわからないと言えばいいのに
それらしいものを探そうとし始めたり・・・
こういうとき、わからないなりにも声をかけて
話を聞いてみたい衝動に駆られるけれど
中途半端な知識で役に立たないなら
黙っていた方がいいだろうと思いながら、その場を離れた
でも、あの二人じゃどうにもならないだろうなぁ
私の方がまだマシだっただろうなぁと思ってみたり
私の知人に
「おせっかいという病が末期」な人がいる
その人なら声をかけただろうか、やはり
私はまだ「不審でお節介な善意の第三者」に
なりきることができない
もっときちんとした知識があればできただろうか?
あと数年もすれば「大阪のおばちゃん」として
誰彼なしに声をかけてしまいそうな気もするが・・・
それはそれでどうなんだ・・・
家にあるスーパーでもらったレジ袋が
必要以上に溜まってきたので
エコバッグを持参してスーパーへ行った。
並んだレジの手前に
「レジ袋不要カード」っていうのが置いてあったので
それをカゴに入れておいた。
レジの順番が回ってくると
「ポイントカードはお持ちですか?」と訊かれたので
「持ってないです」と答えたら
「失礼しました」と返してくれたところまではいいけど
次の瞬間、レジ袋不要カードを見たレジの女の子が
「エコにご協力ありがとうございます、
エコポイント入ります♪ 」
って可愛く言った
一体どこに入ったんだろう?(笑