天使なだけじゃなくってよ★
度々、天使のような人と出会う。
屈折がなく、擦れておらず、マイペースでのびのびした人。
競争や嫉妬などとは無縁で、自分のことを大切にし、自分に満足している人。
すなわち自尊心が高い人だ。
わたしはそういう人にとても憧れる。
そういう人と出会うと心が洗われるような気持ちになる。
わたし自身はといえば、人間故の醜さ・儚さ・弱さ・愚かさをたくさん秘めている人間だと思う。
例えば、一見理解のできないようなクレイジーな話や、残酷な事件などを耳にしても、それらの根本にはどういう心の傷があって、どうしてそうなってしまったのか、なんとなく理解・共感できることが多い。(勿論肯定はしない)
競争心や嫉妬心とも、恋人と同じくらいの距離でずっと一緒に生きてきた。
天使のような人に憧れていたわたしは、そんな自分のことがずっと大嫌いだった。
でも最近、面白いことに心境の変化が起こっている。
自分のことを俯瞰でみることができるようになってきてからというもの「わたしはこんなわたしでよかったなぁ、いい個性だなぁ」と心から感じるようになったのだ。
そもそも生まれた時は皆天使のように純粋無垢だ。
だから誰もが天使の部分は持っていると思う。
天使100パーセントには戻れなくても、そこに近づいていくことは出来る。
ただ、悪魔(悪魔という表現は相応しくないけれど、「生きていく過程で傷付いて歪になっていくこと」の意味)の部分は得ようとしてなかなか得られるものではない。
要は、単純に「幅があるほうがより多くの人の気持ちを理解できるからいいじゃん!!」
「いろんな面を持っているって面白いじゃん!表現もいろいろできるじゃん!!」と思うようになってきた。
これはわたしにとってはすごい変化だ。
言葉にすると当たり前のようにも聴こえるが、自分のカオスの中で彷徨いもがいている時はそんな風に感じることなど到底できなかったからだ。
己を外側から見ることが出来るようになってきて、余裕ができてきたのかもしれない。
最近の自分は好きだ。
こんなことを自然に書けるようになる日がくるなんて、数年前には予想もしなかった。
だから人生って面白い!
PHOTO:interashiro
すぐれたもの
すぐれたもの
とは
結果論でしかないのかもしれない
更に突っ込んで考える
わたしが認識しているすぐれたものってなに?
わたしの価値基準は?
他人によい評価をされるもの?
わかっているようでわかってない
捉えて
もしかしたら
ここ数年こんなに苦しいのは
目指すところがが間違っていたからなのかも
わたしはわたしを表現したい
わたしはわたしが表現できているものをすぐれているものだと感じている
わたしの価値基準とはこれだ
同じ事をするにも何を目指すかで全く違う場所にたどり着く
しっかり捉えておかないと
すぐに逃してしまう
わたしはわたしを表現したい
わたしはわたしが表現できているものをすぐれているものだと感じている
わたしの価値基準とはこれだ
とは
結果論でしかないのかもしれない
更に突っ込んで考える
わたしが認識しているすぐれたものってなに?
わたしの価値基準は?
他人によい評価をされるもの?
わかっているようでわかってない
捉えて
もしかしたら
ここ数年こんなに苦しいのは
目指すところがが間違っていたからなのかも
わたしはわたしを表現したい
わたしはわたしが表現できているものをすぐれているものだと感じている
わたしの価値基準とはこれだ
同じ事をするにも何を目指すかで全く違う場所にたどり着く
しっかり捉えておかないと
すぐに逃してしまう
わたしはわたしを表現したい
わたしはわたしが表現できているものをすぐれているものだと感じている
わたしの価値基準とはこれだ
眠る前の胸騒ぎ
どうすればいい?
どうすればいい?
ここのところわたしは急いでいる
眠る直前と
起きる直前に
無意識に訴える
覚醒された神経系は
時間の経過と共にいつもの状態に戻ってしまうから
急いでいるの
絶対見失いたくない
このクリアな視界を
情動を
研ぎ澄まされた感覚が醒めないうちに
一段上の次元に行きたい!!!
わたしよ
どうか教えて
ひらめいて
お願い!
どうすればいい?
ここのところわたしは急いでいる
眠る直前と
起きる直前に
無意識に訴える
覚醒された神経系は
時間の経過と共にいつもの状態に戻ってしまうから
急いでいるの
絶対見失いたくない
このクリアな視界を
情動を
研ぎ澄まされた感覚が醒めないうちに
一段上の次元に行きたい!!!
わたしよ
どうか教えて
ひらめいて
お願い!
代官山NIGHT!
代官山Simple voiceに、MARUCOさんとYASUO君のユニット『あかつき』を観に行ってきました!!
MARUCOさんの唄は、どこまでも力強い。
そして、少年を彷彿とさせる純粋さがある。
正直で繊細で優しい。
YASUOくんのギターは、丁寧で落ち着いていて、安心できる。
ただ、不思議なことにそれらと同時に不安定さや窮屈さも感じる。
内に秘めた情熱の塊みたいなものが、外に出たがっているような、そんな感じ。
実は今回あかつきが出演したイベントの主催者が、ラビスタ時代によく一緒に対バンをしていた多村裕希さんだったのには驚いた!!
この再会は何年ぶりだろう?6年ぶり??
久しぶりに会えてとても嬉しかったよ!!^^
ほかにも、トミー、しのりん、カナカナ、尚人くん、SATTさん、茉弥さんにも会えてHAPPYだったぁ~~!!\(>∀<)/
みんな大好き!!!きゃーい!
帰りは、打ち合わせがてらSATTさん&安武とサブウェイへ。
写真、ポスターにできそうでしょ(笑)
実はわたし、サブウェイで食べるの初めてだったんだ!!(・∀・)
いろいろ選べて楽しいね(●´∀`●)
打ち合わせという名目だったものの、ライブ会場でカクテルを飲んでいたせいで、かなり気分がよくて(笑)すごいハイテンションで未来について語りまくっちゃった(*∀*)
帰りは、皆で恵比寿までウォーキング!
代官山周辺を散策したのはしばらくぶりだったから、ウキウキ!
カワイイお店がたくさんあって、閑静で、やっぱり好きな街だな。
とても素敵な夜でした★
あかつきの今後にカンパイ\(>∀<)/
TOONBOCAFEオープンに向けて打ち合わせ3
『TOONBOCAFEオープンに向けて』シリーズです!
6日、Tommyを羽田空港でお見送りした後、TOONBOCAFEの二人と落ち合い、我等がデザイナー松岡さんと販促物関係の打ち合わせをしました!
真剣な眼差しと笑顔を交互に覗かせながら、話を進めていくかおりん&アイちゃん。
うまくイメージが伝わったようで一安心です。
みんな、仕上がりを楽しみにしててね!^^
ここでちょっと脱線して、松岡さんとの出会いを少々★
彼女と出会ったのは、わたしがRabbitStuffというバンドで活動していた頃。
カフェの仕事で知り合ったデザイナーの西本くんに紹介してもらったのが始まりです。
松岡さんに手掛けてもらった作品第一作目は、全国発売になった『泪の泉』というシングルCDのジャケット&フライヤー。
水の中に浸かって撮影した話題作!

『泪の泉』/ RabbitStuff
それから現在に至るまで、デザイン関係はほとんど松岡さんにお願いしています。
いや、彼女は本当に素晴らしい方なのです。
形容するなら『才能ある方』になるのかな…
出来上がった『作品』は勿論なんだけど、やり取りしていく『過程』も含めて素晴らしいの!!
だから一緒に作品を制作するのがすごく面白い。
とにもかくにもデザイナーとしても、そして人間としても大好きな方なのです(●´∀`●)
今回のように大事な人に大事な人を紹介出来るってとても嬉しい。
こうして皆が繋がって、どんどん大きな輪になって、各々が自分の愛する夢を実現している世界が拡がっていったら素敵だなぁ。
超絶素敵!!!(笑)
☆追伸☆
TOONBO CAFEのブログが更新されてます!
こうしている間にもどんどん進化しているよ!
チェックしてねー!^^
ヘッドフォンの向こう
こうして誰かの音楽をヘッドフォンで聴いているときでさえ、気付けばわたしのカラダは強張り、緊張している。
要は身構えているんだ。
戦闘体勢、だ。
潜在意識では、ヘッドフォンの向こうに敵がいると感じているわけだ。
委ねることが最も恐ろしい。
理由は、負けたら終わりだと思っているから、だろう。
もう無意識の癖だ。
こんなにも、か。
要は身構えているんだ。
戦闘体勢、だ。
潜在意識では、ヘッドフォンの向こうに敵がいると感じているわけだ。
委ねることが最も恐ろしい。
理由は、負けたら終わりだと思っているから、だろう。
もう無意識の癖だ。
こんなにも、か。
じっと見守る
ここのところ『手も口も出さず、じっと行く先を見守る。求められたときのみ協力する』修行をしてる。
わたしはすぐに自分で何でもやってしまう傾向がある。
誰かが気付く前に、先回りして色々と考えたり手配することが得意だ。
パニック状態でもなければ、頭の回転は速いほうだと思うし、細かいところまでよく気が付くほうだとも思う。
でも、そういうところが時に人の成長の機会を奪う。
また、自分のやり方を強いることにもなる。
「心配で、やってあげずにはいられない!」
親が子供に抱くようなこの気持ちって実は相手にすごく失礼。
相手の能力を信頼していないということにもなるし、自分が成功したいくつかのやり方を繰り返すことになる。
結局自分の幅も広がらない。
もしかしたらその人は自分とは全く別のやり方で物事を成功させてくれるかもしれない。
それを見守ることができたら「ああ、こんなやり方もあるんだ!」と学ぶことができて自分も相手も嬉しくなる。
自分の中の正解なんて所詮幾千もの選択肢のうちのひとつであって、誰にでもあてはまるような絶対的なものでは決して無い。
これら一連の感情の裏側にあるのは、きっと「自分が価値ある存在だと確信したい!」と渇望する気持ちだ。
「誰かの役に立って、自分の存在価値を認めて欲しい」という気持ち。
勿論、これはちっとも悪いことじゃない。
けれど、お互いの成長や幸せを考えると、じっと見守ることが最善の場合も多々ある。
求められたら手を差し伸べればいい。
エゴを少し横に置いておいて、物事をただ見詰めること。タイミングを見計らうこと。
わたしはそんな修行をしている。
わたしはすぐに自分で何でもやってしまう傾向がある。
誰かが気付く前に、先回りして色々と考えたり手配することが得意だ。
パニック状態でもなければ、頭の回転は速いほうだと思うし、細かいところまでよく気が付くほうだとも思う。
でも、そういうところが時に人の成長の機会を奪う。
また、自分のやり方を強いることにもなる。
「心配で、やってあげずにはいられない!」
親が子供に抱くようなこの気持ちって実は相手にすごく失礼。
相手の能力を信頼していないということにもなるし、自分が成功したいくつかのやり方を繰り返すことになる。
結局自分の幅も広がらない。
もしかしたらその人は自分とは全く別のやり方で物事を成功させてくれるかもしれない。
それを見守ることができたら「ああ、こんなやり方もあるんだ!」と学ぶことができて自分も相手も嬉しくなる。
自分の中の正解なんて所詮幾千もの選択肢のうちのひとつであって、誰にでもあてはまるような絶対的なものでは決して無い。
これら一連の感情の裏側にあるのは、きっと「自分が価値ある存在だと確信したい!」と渇望する気持ちだ。
「誰かの役に立って、自分の存在価値を認めて欲しい」という気持ち。
勿論、これはちっとも悪いことじゃない。
けれど、お互いの成長や幸せを考えると、じっと見守ることが最善の場合も多々ある。
求められたら手を差し伸べればいい。
エゴを少し横に置いておいて、物事をただ見詰めること。タイミングを見計らうこと。
わたしはそんな修行をしている。







