おばけなんてないさ
色々なことを考えて、ここで文章に起こす事は自粛していたのだが、
2月辺りから、精神状態がこの上なく悪かった。
悪かったというより、酷かったという方が適切だろう。
フラッシュバックと、止まらない被害妄想に、心身共に限界を感じていた。
そんな中、今日閃きが訪れた。
この半年、トラウマ反応のメカニズムについて死ぬ気で探り続けてきたことが力強く繋がったのだ。
天使さんの根気強い協力のお陰だ。
「行ける」
そう思った。
自信も、根拠もない。
だけど、
「大丈夫かもしれない」
今までになく平熱でそう感じた。
被害妄想は何故現れるのか。
トラウマ反応は何故現れるのか。
そのルーツは幼少期にあった。
わたしは幼い頃、自分が父親に愛されているのかわからず不安だった。
それが恐怖の正体だ。
でもきっと父はわたしを愛してくれていたに違いない。
初めての娘に、戸惑っていたに違いない。
置き去りにしてしまった自分の心を映し出すような、自分とそっくりなわたしに、
理由のわからない恐怖を感じていたに違いない。
受話器越しに、こんな心内を伝えると、天使さんが「お祝いをしよう」と言ってくれた。
涙が出るほど嬉しかった。
いくら感謝してもし足りない。
わたしはこれからもずっと、彼と日なた水のような幸せを育んでいこう。
現世を共に生き、来世でもまた出会いたい。
いや、きっと出会うだろう。
ふと、懐かしい曲を口ずさんでいた。
「おばけなんてないさ」
もうこわくないよ。
少しこわいけど、
【未知なるもの=恐怖】
正体がわかったら、恐怖は姿を消すと聞いた。
それでも様々なトリガーから、しばらくの間苦痛は自動的に引き起こされると思うが、
よくよく感じてみると、トラウマ反応が引き起こす身体的苦痛より、生理痛の方が痛いや(笑)
だからもうこわがるのはやめよう。
苦痛は必ず過ぎ去る。
それは生物が持つ自然なリズムなんだ。
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「おばけなんてないさ」
槇みのり作詞・峯陽作曲
おばけなんて ないさ
おばけなんて うそさ
ねぼけたひとが
みまちがえたのさ
だけどちょっと だけどちょっと
ぼくだって こわいな
おばけなんて ないさ
おばけなんて うそさ
ほんとに おばけが
でてきたら どうしよう
れいぞうこに いれて
カチカチに しちゃおう
だけどちょっと だけどちょっと
ぼくだって こわいな
おばけなんて ないさ
おばけなんて うそさ
だけど こどもなら
ともだちに なろう
あくしゅを してから
おやつを たべよう
だけどちょっと だけどちょっと
ぼくだって こわいな
おばけなんて ないさ
おばけなんて うそさ
おばけの ともだち
つれてあるいたら
そこらじゅうの ひとが
びっくり するだろう
だけどちょっと だけどちょっと
ぼくだって こわいな
おばけなんて ないさ
おばけなんて うそさ
おばけのくにでは
おばけだらけ だってさ
そんなはなし きいて
おふろにはいろう
だけどちょっと だけどちょっと
ぼくだって こわいな
おばけなんて ないさ
おばけなんて うそさ
Photo:菅原史朗
