昨日は、義母1日在宅日だった。

何もしない。

朝ごはん食べる。

居間占拠してテレビ見る。

誰もいないからつまらなくなって部屋に戻る。

午後2時前今に戻る。

昼ごはん。

また居間占拠してテレビ。

地方ニュースみて、『知らない』って、ぶつぶつ。◯◯(郷里)じゃないから何にも分からない、

この戯言に付き合うのがしんどい。耳塞ぎたい。


午後3時半

お茶タイム。

美味しい、って夢中になって食べる。

何食べてるかわかってない。今流行りのバスクチーズケーキだよ、なんて言うだけ無駄と思いながら言ってみる。どうせ、モンブランもショートケーキもどら焼きも一緒なんだ。


それからずっと居間。テレビ消してても居間。

わたしはカーテンの向こうでパソコン作業。

誰もいないと思ってるらしく、あぁあ、とため息ばかり。


夕飯!

好きな焼き魚。


朝昼おやつ晩 完食した上に、

夜ちょっとあずきぜんざい(もちつき)出したら、完食。

その間に、みかん4個。


動いてないのにこんなに食べる人って。


行く末がこわい。


1日お相手していたからもう疲れ果てて、

わたし先に寝ますおやすみ、と言って、姿をくらましたのに、


やはりやはり、

誰もいないのかしら、と家中探し回っている気配。

昨晩、寝室侵入、布団の上、手這い回りはなかったけど。

やっぱりこわいこわい。

、助けて。



家人ルス。


ワンオペ介護ってこういうこと?


あなたの親なのに。


週に一度の在宅日。


おかしなふるまいやらおかしな言動も、

1日なら我慢できると言うことにきづいています。

そして、義母に、家人が冷たくあたるのも気になって、こちらは、みてみぬふり、やさしい扱いができそうです。


2人で(攻めては)責めてはいけない、って本当ですね。


義母在宅、家人在宅、そして、私の三つ巴のバトルは避けたい。


長生き老人多すぎて、昔はなかった問題なんだと思う。

たいして広い家でもないから、人の気配に怯えて生きる生活って一体なんなんだろう。


怯えなくちゃいけない人間関係ってなんなんだろう。


考えていてもしかたないから、目の前のことをやるだけなんだけど。


そうこうしているうちに、毎日が過ぎていってしまう。



義母は、ショートステイ。

もしくはデイサービス。


先日なんて施設の都合で20時前に送られて帰ってきた。


いやいや、いなければいない方がありがたいのです。

だって一緒にいるだけ、無駄な話。無駄な時間の共有。


一緒にいる間、お茶出し、おばあちゃんの話、耳半分でスルー。

時間の無駄遣いです。


かわいそうだけど、もう物体としてしか見られなくなってきた今日この頃です。


生きてる価値あるんだろうか。


こんなにまだ自分で食べたり飲んだりできるひとでもそうおもうんですよ。

寝たきりのご老人。

お世話している方に頭が下がります。


どうしてこんなに高齢社会になってしまったの。


そんな中、今年は、友達、同年代の人の喪中の葉書がいくつも届きます。

どうして人の命は平等でないんだろう。