源氏物語 宇治紀行(2)宇治橋の東♪【宇治橋(東詰)~通円茶屋~東屋古跡~椎本古跡】 | 『エアで行く京都めぐり』大田垣晴延のblog♪

『エアで行く京都めぐり』大田垣晴延のblog♪

京都の風景♪いっしょに歩こ♪
(*^-^*)ノ~♪
エア京都旅行にご招待♪
気ぃ向いたら更新するね~♪

7月11日♪日曜日♪


晴れ
めっちゃエエお天気🎵
ヽ(*≧∀≦*)ノ




実は、
ツレ(♂)の水先案内人で

(*・ω・) (*≧∀≦)ノ


風鈴金魚カキ氷
宇治を徘徊♪




長かった
宇治橋も、
そろそろ終わり♪

宇治川の対岸、
宇治橋の東詰に到着~🎵
ヽ(*≧∀≦*)ノ


辺りを、

左手(北)から、ぐる~~っと見渡して…
道の右手(南側)に
赤い幟『宇治 新茶』の文字♪
なんか古っぽいお店♪
 つう えん
通圓(=通円) てゆう茶店♪



コノHP見るまで
全然知らんかったんやけど、

ヾノ*≧∀≦)

平安時代末期創業
(永暦元年=1160年)

以仁王を奉じて挙兵♪
コノ宇治で平家の軍勢と戦って
平等院で自刃した(治承4年=1180年)
源頼政(みなもとのよりまさ)
(源三位頼政:げんさんみよりまさ)

ソノ元家来やった古川右内(通円政久)が
ココ・宇治橋の東詰に隠居♪
ココに隠居した20年後、奈良に行く途中に平家の追手にたまたまココで追いつかれた元ご主人の源頼政が戦死した…
いかにも史実を知った上での作話やね
しかもコノ時代の在京武士の郎党が右内てww

子孫は代々
『通円』姓を名乗って
ココで宇治橋の橋守を務めながら茶店を営んで来はって、
今の建物は
江戸時代前期建築なんやて🎵
(寛文12年=1672年)
将軍やと、
第4代・徳川家綱やな♪
(*´∀`)♪



通圓の前から、道の向こうへ渡って♪ (((((*≧∀≦)ノ信号機
サラに右手(東)へ渡って♪
向こう(東)へ渡りながら、
左手(北側)を

ぐる~~~~っと見渡して…
広ぉてガラ~~~~ンとした
京阪宇治駅のロータリー♪

東へ渡りきった、

目の前には、
左ナナメ(北)に横切る道…
ソノ鋭角になった角んトコに、

こんな石碑♪
うじのわきいらつこのおうじのはか
莵道稚郎子皇子墓やて♪

…てゆうても
コレはタダの道標で、お墓はもっと北♪
(((^^;)


莵道稚郎子皇子てゆう人は、
第15代・応神天皇の皇子で、
末っ子やけど父に寵愛されて皇太子に♪
父の没後、兄(第16代・仁徳天皇)と皇位を譲り合って皇位は3年も空位のまんま、兄に即位させるために自殺した
【日本書紀】
とも、
単に早死にした
(正解には『早崩』て書かれてる)
【古事記】
とも
言われてるケド…


絶対アヤシイし…
(ーー;)


ソレで刺した?  え?スイカ切ってたん
( ¬ω¬)   ナイフ(▼▼;) スイカ
    _(⌒(_;×ω×)_~😇

兄・仁徳天皇の犯行疑惑が濃厚…
(仁徳天皇の皇統は殺し合いで結局断絶、マサに血は水より濃い…)

播磨国風土記に『宇治天皇』て出てくるんが莵道稚郎子のコトで、実は空位てゆう3年間、天皇に即位してたっぽいん
(古事記の死亡記事『早崩』の『崩』てフツー主語は天皇やし)



今ある地名は
『莵道(とどう)』て読むんやけど、
莵道高校とかあるなぁ
モトモト
宇治のコト『莵道(うじ)』
書いたりしたん♪
(*´∀`)♪


ウサギ(莵)のみち(道)て
エライかいらしい地名やね🎵

 ̄(=∵=) ̄ヾ(≧∀≦*)




ソノ莵道稚郎子皇子のお墓は、
左手のナナメ(北)に進む道の先…
直進して(右手=東北の広い道へ)♪
つまりお墓はスルー♪
オバケ (((((≧∀≦*)ノ

道路の左手(北側)に見えてる、

石の玉垣♪
石段の右手(東北側)に、
案内の石板♪
 あずま や  かん のん
東屋観音
モトモト、ココから20m南西、ツマリ宇治橋の東詰にあったん、
橋の架替え&道路拡張工事でココに移転してきたんやて🎵


実はココ、
源氏物語 宇治十帖の六
 あずまや
『東屋』の古跡なん♪

(*≧∀≦*)b


前回はサイクリングで来て、
有るん気ぃつかんとスルーしちゃったん…
(((^^;)


低すぎる石段、
別に上あがらんかて
バッチリ観音サンと目ぇ合ぉたやん
(*≧∀≦)・・・ドンッ・・・( ̄∇ ̄;)
真っ正面いてはるし…


観音サンの左手(西南側)に祠と、
観音サンは
鎌倉時代後期作の石像🎵
ソノ右手(東北側)に
江戸時代宝篋印塔
サラに右手に見渡したら、
宇治市教育委員会が設置した案内板♪
鎌倉時代後期の石仏やし
源氏物語の時代=平安時代中期には無かったハズ、
ナゼに『古跡』に選定…

(; ̄∇ ̄)?

たぶん、ココを古跡に選んだ人て
江戸時代とか平安時代はモチロン鎌倉時代よりもずっと後世の人やったんやろね♪



『東屋』古跡=東屋観音を過ぎて、

ちょっとだけ東北へ進んだ
すぐソコんトコに
小ぃちゃい神社♪
 おち かた  じん じゃ
彼方神社

さっきのん(東屋の古跡)とメッチャ近所やけど、

実はココも
源氏物語 宇治十帖の二
 しいがもと
『椎本』の古跡なん♪
 v(*≧∀≦*)


前回は、三室戸寺でアジサイ見たついでのサイクリングで寄ったん♪


入口の左脇(西南脇)に
『椎本之古蹟』の石標と、
案内の高札♪

めっちゃ小さい神社やのに
ちゃんと
『式内(社)』🎵

そやから源氏物語の時代(=平安時代中期終わり頃)には有ったんやね♪
式内社:平安中期の初めの第60代・醍醐天皇の時代『延喜』年間に作られた律令細則『延喜式』の『神名帳』に載ってる神社♪後代、明治に入って当時現存してた神社との比定作業で認定されたんが社格としての『式内社』♪
チナミに源氏物語の時代やと天皇は第66代・一条天皇で、醍醐天皇~一条天皇までの間の天皇は、朱雀天皇・村上天皇・冷泉天皇・円融天皇・花山天皇で、コノ辺りの天皇系図も源氏物語に投影されてる気ぃする♪


低いクセ、坂道効果で高い気ぃする
石段あがって
石造りの鳥居くぐったら、

なんとアレが社殿🎵 
前も来てるんやし、知ってたケド (((^^;)

社殿てゆうより祠(ほこら)やな🎵
他有るん、
石灯籠とイミフな大岩だけ…
(((^^;)


コノ道まっすぐ行ったら(北北東)
今回はパス♪
(≧∀≦*;)ゞ

今はソコの横断歩道で
道路の向こう側に渡って(東)、
ソコから右手に、
アノ背ぇ高めの建物
ソノ正面に沿って左手に入ったら
まっすぐ山手に向かう(東)
ゆるめの坂道♪
途中、右手(南側)に
京都翔英高校 の体育館♪
サラにまっすぐ行ったら、
半円てゆうかカマボコ形の建物♪
目的地に到着~♪
(A;・ω・)ヽ(*≧∀≦)ノ


宇治で
『源氏物語』ネタにするんやったら
ココは行っとかなね🎵



Next♪
(σ≧▽≦)σ