忘れられた巨人
カズオ・イシグロの『忘れられた巨人』を読みました!
カズオ・イシグロの作品としては、初めて読んだものになります。
あらすじ
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奇妙な霧に覆われた世界を、アクセルとベアトリスの老夫婦は遠い地で暮らす息子との再会を信じてさまよう。旅するふたりを待つものとは……ブッカー賞作家が満を持して放つ、『わたしを離さないで』以来10年ぶりの新作長篇!
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ドラゴンが出てくるということで、ファンタジーなのだなと思いながら読み始めました。
確かに本作は、アーサー王より少し後の時代の物語であり、竜や、騎士、戦士、魔物なども出てくるファンタジーですが、内容としてはそれぞれが、人と人との争いや、夫婦間の愛のメタファーであり、純粋なファンタジーとは性質が異なるように思われます。
抽象的に描かれる面や、登場人物同士でも意見が食い違う、見方が異なるなど(実際に見える、見えないなどの対比)、対立・対比が描かれており、
物語の中の問題提起に対し、読者が自由に考えることができるようになっています。
読み終わったときには、忘れられた巨人が何なのかを理解し、私たちはどうあるべきなのか考えることができる作品です。
少し文章はかためで、抽象表現のために読みづらい点もありますが、神話や歴がベースとなっており、そういう知識がある人は楽しめる作品となっていると思います。
読むペースがどんどん加速していき、読み終わりには、本当に面白かったと思いました。
読むタイミングでとらえ方が変わる作品だと思うので、また再読してみたいです。
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以下、内容のネタバレも含む考察です
・エドウィンについて
エドウィンは、悪鬼に襲われ、小さな竜と思われるものに噛まれ、傷を負います。
その傷のせいで、クエリグに惹かれ、その声が聞こえて戦士を案内することになります。
この小さな竜は紐でつながれていたようですが、悪鬼が飼っていたのでしょうか?
この竜とクエリグはどう繋がっているのか、結局よくわかりませんでした。
小さな竜の噛み傷のせいで、エドウィンはサクソン人から恐れられ、憎まれて村にいられなくなります。
一方で、エドウィンはウィスタンとの約束であらゆるブリトン人を憎む義務を負いました。
クエリグの忘却の息がなくなった後、エドウィンはどんな風に生きていくことになるのでしょうか。
小さな竜がいたということから、その竜がまた育っていくのではないかと考えられ、もしかしたらその竜がまたクエリグのようになるのかもしれません。エドウィンは、その竜とかかわりを持ち、次の世代でウィスタンが言った通り、大きな役割を果たす人物になるのでしょう。
でも、アクセルとベアトリスの二人がやさしいブリトン人の老夫婦として、エドウィンの心の中にいることは何か意味があることだと思いました。
・ウィスタンの言葉
「大量に蛆を湧かせる傷が癒えるでしょうか。虐殺と魔術の上に築かれた平和が長続きするでしょうか。」
たしかに、ガウェインのいうように、クエリグの息が平和を築いてきたと思えます。
過去にされたことも、復讐すべき理由も忘れられた方が、幸せに生きていくことができるのかもしれない。戦いを終わらせるのには一番いい方法なのかもしれません。
でもそれは本当に平和といえるのか・・・ウィスタンの言葉が胸に刺さります。
忘れるべきなのか、忘れないでいるべきなのか、今の私たちも考えなければならない問題です。
もしかしたら、今の平和も、虐殺と魔術の上に築かれた平和なのかもしれません。
たった数十年で、忘れられつつある・・・
クエリグの霧は現代にも蔓延しているのかもしれません。
・夫婦の愛
夫婦の愛については、物語をとおして深く描かれています。
夫婦間には傷つけあった過去があったのにもかかわらず、忘却の時間により、傷が癒されたとアクセルは言っていました。
そして、二人は、舩頭に真の愛・絆で結ばれた夫婦であると認められます。
これは、忘却の時間によってサクソン人とブリトン人の間の傷も癒されるという希望があることを示しているのではないでしょうか。
夫婦は、もっとも近い他人です。最小の社会・人間関係といってもいいかもしれません。
その夫婦間で、通常は、もう壊れていると言われるような過去があっても、アクセルとベアトリスはその傷を乗り越えてお互いを許し、真の愛で結ばれていました。
ウィスタンは、サクソン人とブリトン人が戦うことになると確信していましたが、ベアトリスが言ったように、忘却の時間に築かれた関係の中には、傷が癒された関係もあったはずです。
そのような希望を持つことができる物語だったと、私は感じました。
最後、アクセルが船に乗れなかったことで、冒頭の船頭とお婆さんの話を思い出して、不安になってしまいましたが、やはり、アクセルがまだ亡くなっていなかったため船に乗れなかったとの解釈が一番しっくりきます。
また読んで、いろいろな解釈を楽しみたいし、この本を読んだ人と話し合ってみたい、そんな本でした。