潤side



引き出しには仕舞ったままのストラップがある。

去年の誕生日に智からもらったストラップ。
スマホが壊れても、これは壊れてなくて。
智と元に戻ることはないとわかっていてもなぜか捨てれなくて…。
ずっとそのままにしていたけど、今年の誕生日にはこのストラップともサヨナラしようと決意したのは…
今、ここには別のお守りがあるから。

隣には翔さんから貰ったお守りが並んでいて、一緒に初詣に行った時に翔さんが「今年一年潤くんにいい事がありますように」とプレゼントしてくれた物だった。

赤い根付に小さな鈴がついていて、手に取るとその鈴がチリンと音を鳴らす。

『わぁ、可愛らしい鈴ですね。』

『ね、可愛いでしょ?』

『はい!』

『潤くんはなんか鈴が似合うなぁ。」

『え?』

『出会った頃から、潤くんは猫っぽいって思ってたんだ。』

『だから鈴…?僕は猫ですか?』

『ハハハ、まぁ、似てなくもないかな。
ほら、よく猫のスタンプ使うじゃん。』

『あれはっ、単純に、可愛いからで…』

『あー、だからだ。
あのスタンプの猫、潤くんに似てる気がしてたんだよね。納得。』

『それって…どういう…』

『ん?』

『いえ、なんでも…』

遠回しに可愛いって言ってくれたのかと思った…ってちょっぴりドキっとしたのを覚えてる。
変にそこだけ切り取ったりしてただの自意識過剰もいいとこだと恥ずかしさから顔が熱くなった。

思えばあの頃から少しづつ少しづつ…
智との思い出から翔さんとの思い出が確実により濃く増えていっていた気がする。


『辛い時にこの鈴を鳴らしたらさ、
きっと潤くんを守ってくれるから。』

まだ智と別れたばかりでテンション低めの生活を送っていた僕をそう励ましてくれた。

『そのくらいのご利益はある、絶対に。』

『絶対?』

『うん、絶対。
少なくとも俺はわかる。きっと聞こえる。
だから辛い時には鳴らすんだよ。』



『すぐに駆けつけるから…………』



チリ…

チリン……

微かに音色を響かせる。
 

「嘘つき………」 

誰にも聞こえるわけが無い。

「来ないじゃん……」

こんな小さな音。
聞こえないよ…。

来るはずがない。
今頃翔さんはくるみさんと一緒にいる。



元カノがいたと知った時、翔さんの恋愛対象は女性であることを悟った。
普通に考えたら当たり前のことで、自分の対象が男でも相手がそうだとは限らない。
翔さんにだって過去に恋人くらいいただろう。
仲良く写る二人を見たってどうってことない。
その頃の二人を想像すると胸がザワザワとしたけど…、どうしようもない。


綺麗で素敵なくるみさん。
小柄で可愛らしいくるみさん。
聡明で頭もいいくるみさん。

そんな彼女が翔さんの元カノで翔さんが過去に好きだった人。
ううん…、もしかしたら今も。
考え出したらキリがなくて、彼女と自分を比べる必要も翔さんにとっては僕がそんな対象でもないことがわかっていても意味もなく落ち込んだ。

翔さんと話すのに自信がなくなった。
くるみさんと話す方が楽しいよねってそう考えちゃうから。
翔さんの隣に行けなくなった。
僕が女の子じゃないから。

二人の姿を見る度、日に日に劣等感に苛まれていく。






ベッドに身を預け、

『そこに答えがある。』

カズが言い残したこの意味はなんだろう?とふと考える。

翔さんに連絡…?
カズの言うように……してみる……?
気になって翔さんの連絡先の画面を開いたままじっと固まった。

会いたいのに、、会いたくない。

希望と絶望の間で気持ちが揺れてる。
もしも連絡して、二人が一緒にいたら、確実に邪魔者は僕………。

「やめよ…」

邪魔者は大人しくしてるしかない。



「…はぁ…っ…」

深いため息と全身を襲うとめどない倦怠感。
これ以上考えてたら頭がパンクしてしまいそう。

「…寝よ」

もう一度…、いや何度でも眠ろう。
何もしないで、何も考えず、ただ眠ろう。
いつかきっと二人を受け入れられる時が来る。
智と別れた時のように、時間が経てば翔さんへのこの気持ちも忘れていくのだろう。
何事もなく、何もせず、距離を置く。


そうすれば、きっと………













ピンポン…


ちっとも下がる気配のない高熱に支配されながらまたも意識を落としかけた時、、響く音。


コンコン…

遠慮がちに聞こえるノックの音。


「……、………届け物が…………、…………」


微かに聞こえる声。


あー…、姉ちゃんからかな…
誕生日に荷物送るからって言ってたっけ……


「……いま、、あけます……」

荷物を受け取るだけ。


「……は、い…」

キィと開けたドアの向こう。




……………え?



「いた…。」

「…」

「よかった、いてくれて。」

「…」

「潤…くん?」


嘘……だ…。


「潤くん?どうした…!?」

僕を見るなり、とても驚いてる。
丸い目がもっと丸くなってる。


どうしたはこっちのセリフ………
て、これは夢?それとも幻覚…?



「……ど、して…」

「どうしてって…、」


その答えを待たずして、
僕の中、張り詰めてギリギリで保っていた何かがプツリと切れた。

薄れていく視界、揺らぐ身体。



「…潤っ!!!」


そのまま床へと倒れ込んでしまう、、
だけど…そうはならなかった。

確かに感じる翔さんの懐かしい香り。
支えてくれる力強い腕と僕を包みこむ翔さんの体温。


翔さん…会いたかった……


言葉にすることはできず、僕は意識を落とした。




つづく