翔side



くるみ…

大学時代のサークルの仲間だ。


誰にでも優しく、誰よりも真っ直ぐで、そんな彼女とはとても気が合い、すぐに仲良くなった。

あの頃、周りから囃し立てられるまま付き合うことになったけど、「私達、付き合ってるんだよね?付き合うって何?翔は私の事好きなの?」そう問われ、俺は「ごめん」としか言えなかった。

彼女とは友としている方が楽しかった。
男友達といる方が楽だった。
そして、恋人と呼べる関係性になることもなく一ヶ月と経たずして彼女とは自然消滅してしまった。

これは果たして元カノと言えるものなのか…
会うこともないままもう数年が経とうとしていた今、まさか彼女と再会するなんて思ってもみなかった。

こんな場所で、こんな現場で。




「いきなり声掛けてごめんね、あ、お友達?」

「ううん……、店の、バイトの…子で」

「こんにちは。」

「……こん…にちは。」

潤くんは俺と初めて出会った日のように緊張した様子で小さくお辞儀をした。


「そうだ!翔、お店やってるんだって?
風のうわさで聞いたよ?
すごいじゃん、昔からカフェで働きたいって言ってたもんね。」

「いや、俺の店じゃ…
オーナーは別にいるし。」

「私、東京に戻ってきたの。
今度翔のお店行っていいかな。
久しぶりに翔の入れてくれたコーヒー飲んでみたい。」

「あぁ、いつでも。」

「じゃあ、またね。」

彼女にも連れがいた為に軽く言葉を交わすだけですぐに去っていった。


よかった…、余計なこと潤くんに言わなくて……



「元カノさんですか?」

「…!!ゴホッゴホッ!」

気持ちを立て直そうとアイスコーヒーを口に含んだ瞬間考えていたことの図星を指され、わかりやすく動揺してしまう。

潤くんはこうして一緒に過ごす時間が長くなるにつれ距離感が近づいてきているからか、ハッキリとものを言うことがたまにある。

それを今言うのか。恐るべし潤くん。


「いや、元カノというか…、ただの同級生というか…、まぁ、サークルが同じだから仲のいい仲間だったというか…」

ハッキリと言えない関係性だったこと、プラス…

「そんな誤魔化さなくていいじゃないですか。」

「んー、でも…」

潤くんには変に誤解されたくないんだよなぁ…。


「そういえばこれまで翔さんから過去の恋の話とか何も聞いたことなかった。」

「語れるような恋愛遍歴がないからだよ。」

「付き合ってた人くらいはいましたよね?」

「それも、どうだろ…」

「元カノさん達、きっと怒りますよ。」  

「複数形にしないで…、マジでいないから。
そんな話は置いといて、、
ほら、ケーキ!食べないと俺が食っちゃうよ。
イチゴもーらい!」

「あー!!イチゴは最後って決めてたのに〜。」


潤くんが彼と別れてすでに半年以上が経つ。
注文する飲み物もホットコーヒーからアイスコーヒーに変わっていた。

潤くんの中にまだ彼はいるのか?

時々青い空を見つめている潤くんの瞳が遠くに行ってしまった過去を懐かしんでいるように感じる時がある。
潤くんが持っていたストラップのあの青に、特別な思いを馳せているみたいに。


まだ気持ちを伝えるには早いのかな……。



「もうすぐカズの誕生日ですね。
幸せそう、カズ。当日相葉くんとデートするんだって喜んでた。」

「実はその誕生日にニノにちゃんと告白するって相葉くん言ってた。
まぁ、これまで付き合ってなかった方が不思議なくらいなんだけど。」

「誕生日に告白かぁ…、
ロマンチックだなぁ…、
羨ましいな……。」

「…え?」

「あ、えと、一般的に!
例えなんとなくわかってたとしても、好きな人に好きって言われたらやっぱり嬉しいから。」

君が求めるのならいくらでもあげたい。
どれだけ言葉にしても足りないくらいに伝えてあげたい。

好きだよ…、愛してるよ…と。


「潤くん、次の休みまた誘っていい?」

「翔さん、今更ですか?
いいに決まってるじゃないですか。
翔さんとこうして出かけるの楽しいです。
あ、そうだ、さっき話って…」

「あぁ…、なんでもないよ。
どっか次行きたい店ないかなって、
ただそれだけ…。」




―――



「こんにちは〜、翔!来ちゃった。」

「くるみ…、、いらっしゃいませ。」

次の日、早速彼女が店に来た。

コーヒーが好きな彼女は結構こだわりがあって昔からコーヒーにはなかなか口うるさい。


「んー!おいしい!
翔、コーヒー入れるのうまくなった。」

「当たり前だろ、これで金もらってんだから。
あとちゃんと豆から挽いてるんだし、インスタントとかただのドリップコーヒーとは違うの。」

「大人になったよね、お互いに。」

聞けば大学を卒業し就職をしてすぐに関西圏に配属されたらしい。

「東京の部署にこの春から戻ってきたのよ。
ここのお店近いからこれから通っちゃおうかな。」

「常連さんとか結構いるんだよ。」

「あの子目当てに、とか?」

「え…」

接客中の潤くんをこっそりチラ見して、コソコソと話してくる。


「遠くのオシャレなカフェにあんな美少年連れちゃってさ。」

「別に、連れ回してるわけじゃ…」

「ずるい!私の時には全然デートしてくれなかった!」

「バカ!声が大きい!」

シーッ!と彼女をなだめる。


潤くんには結局くるみとの関係はうやむやにしたままだ。

こんな会話潤くんに聞かれたら…


「翔さん。」

「はいぃぃ!?」

さっきまで向こうでオーダーをとっていたはずの潤くんがすぐ後ろに。

「ど、どうした…?」

「どうした…って、オーダー…ですけど…。」

「あ、はいはい。カフェラテふたつね。」

「あっちのお皿片付けてきます。」

潤くんはすぐに布巾を持って窓際のテーブルに向かった。


あぶねー…
聞かれてないよな…?


「悪かったって。
相手の気持ちまで思いやれる余裕、あの頃の俺にはなかったんだ。」

「まぁ、終わったことだし、いいけどね。
じゃあさ、そのお詫びとして今度みんなで集まろうよ。
みんなとも会いたいでしょ?」

「ま、まぁ…」

「仕事中長話ごめんね、ご馳走様。
また連絡する。あ、来る方が早いかな?」

「任せるよ。」


彼女を見送って仕事に戻ると、、

…潤くん?

ふと潤くんと目が合って、途端、逸らされてしまった。


胸に小さなざわめきを感じた。




つづく