翔side



「卒業生代表、松本潤」

「はい」


ピンと張った空気の中、背筋を伸ばした松本がゆっくりと歩みを進め、壇上に立つ。

その顔は凛として、とても綺麗だ。




松本はずっと子供扱いされることを嫌っていた。
教師である俺と対等でいたかったんだろう。
教師と生徒という壁を払いたかったんだろう。
今、あんなに立派な姿を見せられては高校生が子供だなんて言えたもんじゃない。

あぁ、そっか…。
もう彼は高校生ではなくなるんだ。
生徒でもなくなるんだ…。

それでも俺達の距離は変わることはない。

教師と生徒として出会ってしまったことには変わりないから。



「潤、卒業おめでとう…。」





──────────



卒業式が終わり、生徒達は校庭に集まっていた。
みんなそれぞれ別の道を行く。
最後にたくさんの思い出を語っているようだ。



俺はここに来るのが癖になった。

中庭の桜。

ここで松本のことを考えるのが日課になってた。


「こちらにいたんですか?」

「あ、二宮先生。」

「無事、終わりましたね。」

「はい、なんか感動しちゃいました。
自分の時よりも全然。
副担なんて本当に名前ばかりで…
二宮先生にはお世話になりました。」

「あなたは素晴らしい先生でしたよ。」

「…え、ありがとうございます!
二宮先生にそう言って頂けるとは…。」

「ワタシ、そんなに恐かったです?
あなたより年下ですよ。」

ふふっと、柔らかく笑った。


「教師としても、人としても、あなたは心優しい人だと思います。
きっと彼もそれをわかってるでしょう。
あなたが自分の為に身を引いたことも。」

「え…、あの…」




「せんせーー!!」

「生田!?」

渡り廊下を猛ダッシュで走ってくる生田の姿がどんどんとこちらに向かってくる。
さすがアスリートの卵。
めっちゃ早いな!


「みんなで写真撮ろうって!早く!
二宮先生も!」

俺たち二人の手を掴んでまたダッシュで校庭に連れて行かれる。


「待て、待て…、」

運動不足かな…。
息が上がる…。




「櫻井先生はここ!」

休む間もなく引っ張られ、生田に連れてこられた場所は松本の隣。


「わ、悪いな。俺まで…。」

隣にいる松本は表情を変えることなく、ただ前を向いてる。


まぁ、そうだよな…。
あんなに酷いことしといて、もう俺を意識なんてするはずないか…。


「いいんじゃないでしょうか…。
思い出…ですから…。」

ポツリと松本は呟いた。

「…うん、ありがとう。」

全体の位置を生田が指示してる。
撮ってくれるカメラマン役の隣のクラスの先生にまで。


「櫻井先生ー!
もっと寄ってー!」

かなり近い距離だと思うがそう言われたら…
そう思って、もう半歩松本に近づいた。


あ…

ふっと手の甲が当たる。


忘れかけていた松本の熱。
抑え込んでいた耐えきれない想い。



俺は、思わずその手を繋いだ。





だけど、松本は何も言わない。
そのまま何枚か写真を撮っている間、その状態で手を繋いだままでいた。


「頑張れよ…。」

「…うん。」

「元気でな…。」

「……うん。」

松本の手が俺の手をぎゅっと握り返す。

それは松本の決意だと俺は思った。



「おっけー!!それでは、かいさーん!」

終了の合図とともに俺達は繋いでいたその手を離した。



「じゃあ…、」


少し俯いた君をあの日のようにもう一度抱きしめたかった。

そんなこと叶うわけがないと俺は松本に背を向ける。



「櫻井先生っ!」

「…松本。」

俺を呼ぶ、愛おしい人の声。


「先生に出会えてよかった…。」


最後に見た松本の精一杯の笑顔。
一生忘れることはないと思う。



「俺もだよ…。」

 
溢れてくる涙をなんとか耐えようと歯を食いしばった。
それでも流れ落ちてしまった涙は校庭の砂の上で誰にも知られることなく消えていく。


そして、俺達は別々の道を歩きだした。