遅い。

遅くないか。


どんどん暗くなる外を窓から何度も眺める。


「カズー、何さっきからウロウロしてんのよ。
落ち着かないわね。」

夕食も終わり、ソファでくつろぐ母さんにはオレの動きが気になってしょうがないらしい。


「だって、潤、遅くない?」

心配なんだ。
天使がいない夕食もなんだか味気なくて。
ごめん、母さん…。
んなこと言ったら、ハンバーグはしばらく出てこなくなるな。


「学校の後に映画に行くんでしょ?
映画だって2、3時間かかるんだから、このくらいの時間になるって。
大体あなたの友達が一緒なんでしょ、安心じゃない。」

「それは…、」

そうなんだけどさ…。



そうだ。
映画なんて暗闇の中に数時間。
翔さん、どさくさまぎれに天使の手を握ったりしてないだろうか。
天使もまんざらでもない感じで握り返したりしてないだろうか。

オレしか知らない天使の手のぬくもりを今、まさに、翔さんがぁぁー!


わぁー!止めろ止めろ!妄想止まれ!!

天使の照れた顔と翔さんのだらしのないデレ顔が浮かんでは消え、オレの頭の中を支配する。




……頭、冷やそ。

「ちょっと様子見てくるわ。」

家の中でじっとしてられずに外に出る。


はぁー、これから天使が翔さんと出かける度にこんなことになんのかよ。
オレの豊かな想像力が恨めしいぜ。


しばらく玄関の前に座り込んでいると、人が近づいてくる気配がする。


あ!帰ってきたか!?

思わず玄関先の植え込みに身を潜める。
ん?なんでオレ隠れてんだ?



「しょおくん♡今日は楽しかった。
送ってくれてありがとう!」

潤だ。やっぱりハートマークついてる…。


「俺もだよ。
ねぇ、また誘っていいかな?
今度は休みの日にゆっくりデートしようよ。」

「う、うん…。た、楽しみ…。」

照れてるー!
天使の緊張感がオレにも伝わる。
ぜってー今、激カワな顔してる!!


「ね、潤。」

潤だぁー?アイツ、いつの間に呼び捨て!?


「目、閉じて。」

「えっ、目?閉じるの?こぉ?」


なんで?目、閉じるの?
チラッと気づかれないように身を乗り出す。

ちょうど天使の顔が見えた。

スっと閉じられたまぶた。
目を閉じるとさらに長いまつげが強調される。




あれ?これって…まさか…!


あっ!と気づいた時にはもう遅くて…

翔さんが天使の肩に手をかけて、少し傾けた翔さんの顔が天使の顔に近づいた。


そこから先はすべてがスローモーションのように見えて。

ぽってりと赤い天使の唇に天使に負けず劣らずな翔さんの厚い唇が重なった。


ほんの数秒重ねた唇はすぐに離れたけど、翔さんはそのまま天使を抱きしめた。


「好きだよ、潤。」

「しょおくん、僕も…すき。」


二人の抱擁を目の当たりにして動けない。

ここが外だとか、自分ちの家の前だとか、このまま飛び出て、引き離したい。


でも動けない。

天使のあんな顔、初めて見た。




『じゅん、かわいい!
おにいちゃんにちゅーしてよ!』

『ちゅー!』

オレ3才。天使1才。

あの頃の記憶だけが今でも鮮明に思い出されて。



天使のファーストキス。

覚えてなければなかったことになっちゃうの?