「お天道様はみているよ。」
人が見ていないからといって、道端にゴミを捨てようとすると、心がとがめる。
「お天道様が見ているからね。」
人が見ていなくても、ゴミを拾うととても気分良くなる。
「お天道様が見ているからね。」
お天道様ってだれ。
神様?
自分自身?
自分の中にある神聖な自分
自分と繋がっている高次元の自分
なのかな。
「誰も見ていなくても、お天道様が見ている」
という教えは、子どもの頃よく言われました。
親とか、先生からではなく、ご近所のおじさんとかに言われたような記憶があります。
今、こんなこと言ってくれる人もいないし、言われたとしても、心に響かない子達が多いのかもしれませんね。
かつての日本は、誰でもがこういうことは当たり前の教えだったのだと思います。
今は、
善いことをするときは、誰かが見ているからとアピールするかのように行なうだけ。
誰も見てないなら、やるだけ損だと思う。
そーんな教育をしてますわね、世の中が。
でも、これからの時代は、本当のことが見える時代。
お天道様が見ているものが「本物」
きっと、人生で成幸するかどうかって、この「人が見ていない時」にどういう行いをするかにかかっているのではないでしょうか。