私は

 

多分自分は少なからず、物心ついたころから認知のゆがみがあって。

生きづらいな、とか。苦しいな、とか。ずっと感じながら生きてきた。

小さいころから朝が来るのが怖かった。

 

お酒を手に入れてからは、認知・思考のバグをお酒でごまかしていた。

妬みや、卑下したり、自己憐憫にしがみついていた。

 

私は病気じゃない、ダメ人間だから・心が弱いからだ・だらしがないからだって思ってた。

向き合うことより、何かのせいにしているほうが、楽だったから。

病気って向き合うことでお酒を手放すことが、本当に嫌だった。受け入れたくなかった。

 

だから自分の問題を、私は自分のために隠してた。

でも、もう自分の病気の陰に隠れないで生きていこうって思えるようになってから(まだ全部うけいれられているわけじゃないよ)
ああ、自分てこんなにつらかったんだ、ってわかって。きっと凄く思いものを自分で背負っちゃったんだとおもう。

アルコール依存症って進行性で、孤独の病だから。すーぐに、孤独の牢屋に隠れたがるんだよね。

 

今までたくさんの人を傷つけてきた。でもそれよりも自分、自分だった。自分のことばっかり。

それで、全部失った。家族も、安定して仕事も、貯金も、信用も。

 

人のことを傷つけてきたのは、よくないことだけれど、当時の自分には仕方のないことだったんだと思う。

お酒でたくさんのものを失ったけれど、あの時はそれしか生きる道がなかった。

 

ここ数年で、たくさんのマイノリティが理解されてきて、まだまだアル中って冷たい目でみられるけれど

もしかしてこのままずっと生きていけばもう少し依存症に対する理解が、いまよりももっと、理解のある

社会(受け入れろってことじゃなくって)になると思いたい。