『ドキドキ!男子生徒と3泊4日』が気になる方々、
”今日のマコアの私服見たい!”という方々には申し訳ありません。
本日、待ちに待った日本からの荷物が届き、これからの私のパソコン生活も快適となるでしょう。
謎の『水引き』は今回、荷物に入ってなかったものの、
わざわざ買ったと思われるキラキラのものが入っていた( ̄ー ̄;
前に、親友であり悪友の通称”目へん”が送ってくれた『しっぽ』も我が家にある訳で。
どうやら、日本で私の身近にいた人はかさばって重量が増えようとも、開けた瞬間に私に『ワッ!!!』って言わせたいらしい。
そして、大学の友達Kなちゃんもありがとう!
大学の時の『履修届』に始まりお世話になりっぱなし。
また、島田珠代を見に行こうね。
さて、我々青年海外協力隊というのは基本的に『技術支援』で、任国が自分たちの力で発展するお手伝いです。
つまり、ガーナの人が自転車の乗り方を覚えたい人だとしたら、我々は後ろで持ってあげて、たまには手を離したり、なかなか上手く乗れない人にはもう一度1から教えたりもする訳です。
こういう理論でいえば、育ち盛りの子供にお小遣いだけあげて「これで、参考書買って勉強しな!お腹すいたら何でも食べな!」って言って放っておくのは良くない訳です。
という訳で、極力”物”をあげるような事はしないし、お金をあげるなんてもっての他な訳です。(第一、私そんなお金もってませんしねσ(^_^;))
だけれど、こうやって日本から荷物を受け取ると、そうやって「”物”の支援はしないぞ!」と気を張るのもなんだか違うような気がします。
実際、日本からとどいた荷物がうれしくてなんどもカレーをなでてみたり、「これは今度の体の調子が悪い時にまでとっておこう。」と色々妄想を膨らませる訳です。
ケープコーストから帰って死んだように寝て、目が冷め出した夕方に校長先生の私を呼ぶ声。
「今日、郵便局にいったらマサコのとこの人から顕微鏡が届いた。明日の朝、ワシのオフィスに来ておくれ。」
実は去年の5月に三重県に顕微鏡の支援をしており、約1年を経て今届いたのです。
受け取る際に何かと税金がかかる可能性があるので、宛先を私と校長先生の名前にしておきました。なので、「えらい税金をふんだくられたぞ!」と文句を言われるのではと懸念してしまいました。
翌朝、
段ボールが5つ。
そして校長先生、
「マサコ、ワシは何て御礼をいっていいのか分からないくらいうれしいのだよ。」
。゚(T^T)゚。
「私、御礼状に載せる写真を撮りたいのですが…。」
「この後で生徒を集めるからその時の撮ったらいいよ。」
という訳でその2時間後、
PTA会長までかけつけた。
ただのお披露目会だと思いきや、『セレモニー』と化した。
サイエンスクラスの生徒も勢揃い。
聞く所によるとガーナで顕微鏡は「800セディ」。
それが18台。
それをドルに換算すると「8000ドル」ほどでしょうか。
つまり70ウン万円もの物が届いた訳です。
学校の偉い人と一通り握手をし、
たくさんの写真をとりました。
”物”を支援する事はわりと消極的な我々ですが、そんな思いをも吹き飛ばすほどの喜びようで、本当によかったなと思ったのです。
そう、自分の国である日本から荷物だって私はこれほど喜べるのなから、『憧れの技術大国、日本』からこれほどの物が届いたのってそれは嬉しいでしょう。
彼らにとっては、日本人の誰から自分たちのために何かしてくれたという事実だけでもうれしいのでしょう。
決して、他のボランティアに物資の支援を促している訳ではありません。
ただ、あまりにも肩肘をはって「絶対、物の支援なんかするもんか!」と思っているとしたら、自分が日本からの荷物を受け取った時を思い出して少しだけ、肩の力を抜いてみるのはそれ程悪い事ではないかもしれません。
今回、顕微鏡を届けるにあたってご協力いただいた皆様ありがとう。
もし、三重県庁か宮川村に知り合いがあったら伝えて下さい(=⌒▽⌒=)
”今日のマコアの私服見たい!”という方々には申し訳ありません。
本日、待ちに待った日本からの荷物が届き、これからの私のパソコン生活も快適となるでしょう。
謎の『水引き』は今回、荷物に入ってなかったものの、
わざわざ買ったと思われるキラキラのものが入っていた( ̄ー ̄;
前に、親友であり悪友の通称”目へん”が送ってくれた『しっぽ』も我が家にある訳で。
どうやら、日本で私の身近にいた人はかさばって重量が増えようとも、開けた瞬間に私に『ワッ!!!』って言わせたいらしい。
そして、大学の友達Kなちゃんもありがとう!
大学の時の『履修届』に始まりお世話になりっぱなし。
また、島田珠代を見に行こうね。
さて、我々青年海外協力隊というのは基本的に『技術支援』で、任国が自分たちの力で発展するお手伝いです。
つまり、ガーナの人が自転車の乗り方を覚えたい人だとしたら、我々は後ろで持ってあげて、たまには手を離したり、なかなか上手く乗れない人にはもう一度1から教えたりもする訳です。
こういう理論でいえば、育ち盛りの子供にお小遣いだけあげて「これで、参考書買って勉強しな!お腹すいたら何でも食べな!」って言って放っておくのは良くない訳です。
という訳で、極力”物”をあげるような事はしないし、お金をあげるなんてもっての他な訳です。(第一、私そんなお金もってませんしねσ(^_^;))
だけれど、こうやって日本から荷物を受け取ると、そうやって「”物”の支援はしないぞ!」と気を張るのもなんだか違うような気がします。
実際、日本からとどいた荷物がうれしくてなんどもカレーをなでてみたり、「これは今度の体の調子が悪い時にまでとっておこう。」と色々妄想を膨らませる訳です。
ケープコーストから帰って死んだように寝て、目が冷め出した夕方に校長先生の私を呼ぶ声。
「今日、郵便局にいったらマサコのとこの人から顕微鏡が届いた。明日の朝、ワシのオフィスに来ておくれ。」
実は去年の5月に三重県に顕微鏡の支援をしており、約1年を経て今届いたのです。
受け取る際に何かと税金がかかる可能性があるので、宛先を私と校長先生の名前にしておきました。なので、「えらい税金をふんだくられたぞ!」と文句を言われるのではと懸念してしまいました。
翌朝、
段ボールが5つ。
そして校長先生、
「マサコ、ワシは何て御礼をいっていいのか分からないくらいうれしいのだよ。」
。゚(T^T)゚。
「私、御礼状に載せる写真を撮りたいのですが…。」
「この後で生徒を集めるからその時の撮ったらいいよ。」
という訳でその2時間後、
PTA会長までかけつけた。
ただのお披露目会だと思いきや、『セレモニー』と化した。
サイエンスクラスの生徒も勢揃い。
聞く所によるとガーナで顕微鏡は「800セディ」。
それが18台。
それをドルに換算すると「8000ドル」ほどでしょうか。
つまり70ウン万円もの物が届いた訳です。
学校の偉い人と一通り握手をし、
たくさんの写真をとりました。
”物”を支援する事はわりと消極的な我々ですが、そんな思いをも吹き飛ばすほどの喜びようで、本当によかったなと思ったのです。
そう、自分の国である日本から荷物だって私はこれほど喜べるのなから、『憧れの技術大国、日本』からこれほどの物が届いたのってそれは嬉しいでしょう。
彼らにとっては、日本人の誰から自分たちのために何かしてくれたという事実だけでもうれしいのでしょう。
決して、他のボランティアに物資の支援を促している訳ではありません。
ただ、あまりにも肩肘をはって「絶対、物の支援なんかするもんか!」と思っているとしたら、自分が日本からの荷物を受け取った時を思い出して少しだけ、肩の力を抜いてみるのはそれ程悪い事ではないかもしれません。
今回、顕微鏡を届けるにあたってご協力いただいた皆様ありがとう。
もし、三重県庁か宮川村に知り合いがあったら伝えて下さい(=⌒▽⌒=)