昨夜は早く寝るつもりがFacebookでついつい夜更かし。←自業自得
睡眠不足で新文芸坐へ。
特集「生誕百年 快剣士 大友柳太朗映画祭」は本日最終日。
そんなラストの今日は『丹下左膳』『鳳城の花嫁』の2本立て。
今日で終わりかぁ……(泣)
『丹下左膳』(1958/東映/カラー/シネスコ/99分)
監・松田定次 原・林不忘 脚・中山文夫 撮・川崎新太郎 音・深井史郎 美・川島泰三 出・大川橋蔵、美空ひばり、長谷川裕見子、東千代之介、月影龍之介
豪快にして親しみある大友左膳の第一作。シネスコ一周年記念映画でもある。原作に登場する人物たちが全て善人として現れる、楽しいファミリームービーに仕上がっている。
劇場ロビーにて撮影。
『鳳城の花嫁』(1957/東映/カラー/シネスコ/85分)
監・松田定次 脚・中山文夫 撮・川崎新太郎 音・深井史郎 美・鈴木孝俊 出・長谷川裕見子、中原ひとみ、田崎潤、薄田研二、進藤英太郎
東映が総力を結集した日本初のシネマスコープ映画。「東映城の皇太子」と謳われた大友はこの記念すべき作品の主役、鳳城の純情な若殿・松平源太郎を堂々と演じた

終映時、拍手する人いるかな?
いたら俺も加勢しようと思ったけれど、残念ながら誰もおらず。
チキン野郎な私は自分一人だけで拍手出来ませんでした(泣)。
それにしてもホント楽しい特集だった。名残惜しいのう。なかなかお目にかかれない作品を沢山観られた幸せに、今回の特集開催の為に尽力された方々に感謝!
左膳「泣いてなんかいねえや!勝手に涙が出やがるんだ!」
俺もです!(泣)
終映後、急いで渋谷へ移動。
いつものカレー屋で鶏唐カレーをオーダー。すると
「揚げたてをご用意いたしますので5分ほどお待ちください。」
時間がねえんだよ!熱々を掻っ込む。口内の皮剥けたよ。
シネマヴェーラ渋谷へ。
青ヶ島マニアの私が長年見てみたかった、念願の映画『青ヶ島の子供たち 女教師の記録』を観る。
『青ヶ島の子供たち 女教師の記録』公開:1955年
主演:左幸子、池内淳子、浅野進治郎、滝花久子、林寛、沼田曜一、増田順二、若杉嘉津子、宇野重吉、中山昭二、杉村春子、田中春男、佐分利信、相馬千恵子、香川京子
東京で小学校の教師になった節子。故郷の青ヶ島を訪ね、地元小学校の厳しい現状を目の当たりにした彼女は、青ヶ島で教鞭をとることを決意するが…。先進的な都会と島の分校の両方に赴任した女教師の目を通して、当時の社会や教育の歪み、僻地での生活の過酷さがまざまざと浮かび上がる。東京都青ヶ島での現地ロケを敢行した

青ヶ島とは、東京本土から約365㎞、八丈島から約65㎞に位置する黒潮の真っ只中にポツンと浮かぶ絶海の孤島。現在の人口は200人足らず、日本最小の村(行政体)。
昔から島への移動手段に乏しく、東京からの直行便は無い。必ず八丈島を経由せねばならないのだが、連絡船『環住丸』は一日一便のみ。しかも少しでも海が荒れると青ヶ島の港・三宝港に接岸出来ない(外洋の岩場に剥き出した港なので、波の影響をモロに受ける為)ので、船の就航率は年平均3~4割。冬場には数週間船が動かないことも。別の移動手段としてヘリコプターもあるのだが、こちらも一日一便のみで定員9名。
映画撮影当時の約60年前、青ヶ島には電気も水道も通っていなかった。島の港・三宝港も当時はただの岩場で船は接岸出来ず、沖に停泊させて小舟で人や荷物を運んでいた。
そんな過酷で外部の余所者も滅多に来ない島で映画の撮影があったのだから、当時の島の人々はどんな思いだったのだろうなぁ?撮影スタッフの人達も大変だったろうなぁ…。なんて考えていたら何故か薄ら泣けてしまった(全然泣くとこじゃないな)。
ところが、グリ友のMさんから聞いた話によれば、撮影は八丈島で行われたのだそうだ。青ヶ島は外観のみ撮影。なぁ~んだ、そうだったのか。まあ無理もないわな。
終映後、急いで仕事へ。
私のこんな私用の為に残って貰ったOさんと選手交代。寝不足での映画鑑賞で体力を使い果たしてしまったので、気力で乗り切る。
睡眠不足で新文芸坐へ。
特集「生誕百年 快剣士 大友柳太朗映画祭」は本日最終日。
そんなラストの今日は『丹下左膳』『鳳城の花嫁』の2本立て。
今日で終わりかぁ……(泣)
『丹下左膳』(1958/東映/カラー/シネスコ/99分)
監・松田定次 原・林不忘 脚・中山文夫 撮・川崎新太郎 音・深井史郎 美・川島泰三 出・大川橋蔵、美空ひばり、長谷川裕見子、東千代之介、月影龍之介
豪快にして親しみある大友左膳の第一作。シネスコ一周年記念映画でもある。原作に登場する人物たちが全て善人として現れる、楽しいファミリームービーに仕上がっている。
劇場ロビーにて撮影。『鳳城の花嫁』(1957/東映/カラー/シネスコ/85分)
監・松田定次 脚・中山文夫 撮・川崎新太郎 音・深井史郎 美・鈴木孝俊 出・長谷川裕見子、中原ひとみ、田崎潤、薄田研二、進藤英太郎
東映が総力を結集した日本初のシネマスコープ映画。「東映城の皇太子」と謳われた大友はこの記念すべき作品の主役、鳳城の純情な若殿・松平源太郎を堂々と演じた

終映時、拍手する人いるかな?
いたら俺も加勢しようと思ったけれど、残念ながら誰もおらず。
チキン野郎な私は自分一人だけで拍手出来ませんでした(泣)。
それにしてもホント楽しい特集だった。名残惜しいのう。なかなかお目にかかれない作品を沢山観られた幸せに、今回の特集開催の為に尽力された方々に感謝!
左膳「泣いてなんかいねえや!勝手に涙が出やがるんだ!」
俺もです!(泣)
終映後、急いで渋谷へ移動。
いつものカレー屋で鶏唐カレーをオーダー。すると
「揚げたてをご用意いたしますので5分ほどお待ちください。」
時間がねえんだよ!熱々を掻っ込む。口内の皮剥けたよ。
シネマヴェーラ渋谷へ。
青ヶ島マニアの私が長年見てみたかった、念願の映画『青ヶ島の子供たち 女教師の記録』を観る。
『青ヶ島の子供たち 女教師の記録』公開:1955年
主演:左幸子、池内淳子、浅野進治郎、滝花久子、林寛、沼田曜一、増田順二、若杉嘉津子、宇野重吉、中山昭二、杉村春子、田中春男、佐分利信、相馬千恵子、香川京子
東京で小学校の教師になった節子。故郷の青ヶ島を訪ね、地元小学校の厳しい現状を目の当たりにした彼女は、青ヶ島で教鞭をとることを決意するが…。先進的な都会と島の分校の両方に赴任した女教師の目を通して、当時の社会や教育の歪み、僻地での生活の過酷さがまざまざと浮かび上がる。東京都青ヶ島での現地ロケを敢行した

青ヶ島とは、東京本土から約365㎞、八丈島から約65㎞に位置する黒潮の真っ只中にポツンと浮かぶ絶海の孤島。現在の人口は200人足らず、日本最小の村(行政体)。
昔から島への移動手段に乏しく、東京からの直行便は無い。必ず八丈島を経由せねばならないのだが、連絡船『環住丸』は一日一便のみ。しかも少しでも海が荒れると青ヶ島の港・三宝港に接岸出来ない(外洋の岩場に剥き出した港なので、波の影響をモロに受ける為)ので、船の就航率は年平均3~4割。冬場には数週間船が動かないことも。別の移動手段としてヘリコプターもあるのだが、こちらも一日一便のみで定員9名。
映画撮影当時の約60年前、青ヶ島には電気も水道も通っていなかった。島の港・三宝港も当時はただの岩場で船は接岸出来ず、沖に停泊させて小舟で人や荷物を運んでいた。
そんな過酷で外部の余所者も滅多に来ない島で映画の撮影があったのだから、当時の島の人々はどんな思いだったのだろうなぁ?撮影スタッフの人達も大変だったろうなぁ…。なんて考えていたら何故か薄ら泣けてしまった(全然泣くとこじゃないな)。
ところが、グリ友のMさんから聞いた話によれば、撮影は八丈島で行われたのだそうだ。青ヶ島は外観のみ撮影。なぁ~んだ、そうだったのか。まあ無理もないわな。
終映後、急いで仕事へ。
私のこんな私用の為に残って貰ったOさんと選手交代。寝不足での映画鑑賞で体力を使い果たしてしまったので、気力で乗り切る。