旅立ち | 神経芽腫の娘のこと

神経芽腫の娘のこと

2017年12月3歳9ヶ月、小児がん神経芽腫と診断され、再発を繰り返しながらも懸命に生きた証、治療や娘との大切な時間をどう過ごしたか、それからの事、子どもを亡くした母親の気持ちを綴っています。2023年2月14日永眠。アメンバー申請の際は自己紹介メッセージをお願いします


18日に通夜、19日に葬儀と、無事に史織を見送る事ができました。




史織の事を想って、祈って下さっていた皆様、




心よりお礼申し上げます。




葬儀の日は、史織の涙なのか、皆さんの涙なのか、大阪は朝から雨が降っていましたが、




最期、見送る時間には雨は止んでいました。




ありがとうございました。




14日に息を引き取り、お葬式まで5日間もあったので、




家で一緒に過ごせる時間もありましたし、




その間にも、沢山お友達が会いに来てくれました。




そして、お葬式の準備もしっかり出来る時間もありました。




史織は、きっと、結婚式ができないだろうから、




せめて、お葬式は、盛大に。




しんみりするのは嫌だろうから、賑やかに。




史織らしくしてあげようとずっと決めていて、




どこで、どんな風にしようかな。




遺影や、お洋服はどれにしてあげようかな。




どんな曲を流してあげようかな。




と、思っていて、実は、少し前から史織に、




どの写真が一番気に入ってる?




とか、どの服が一番好き?




などと、聞き出していました。




史織に限らず、人間、いつかみんな、訪れる日でもあるので、




自分自身が後悔しない為に、最期の事を考えていました。




そして、Uちゃんのお母さんが、会場を素敵にセッティングしてくれました。




そこには、史織の作品展のコーナーも作りました。




思い出の写真のコーナーも作りました。




今までのメッセージカードやお手紙を飾るコーナーも作りました。




たくさんの方がそれを見て下さって、




そのおかげで、史織らしい、賑やかなお別れ会ができたと思います。




お通夜には200人に近いたくさんの「ファン」が会いに来てくれました。

 



会いに来れないお友達からは、たくさんの綺麗なお花やバルーン、おもちゃが届きました。




本当に史織はたくさんの人から愛されていた人生だったんだなぁ。




アイドルなんだなぁ。




と、改めて確信しました。




そして、Uちゃん兄妹、Tくん兄弟も、骨上げまでずっと側にいてくれていました。




そのメンバーの集まりを「しおり会」と呼んでいました。




その「しおり会」メンバーは、最期までずっと一緒に史織のそばにいたい。という気持ちと、




息子を一人にさせてはいけない。




と、いう気持ちで、お通夜の夜は一緒に泊まってくれました。




そこでも、いつも、しおり会でしているカードゲームで遊んだり、




お菓子を食べたり、いつもの様子と変わらず、




場所が違ったので、わいわい旅行に来ている気持ちにもなりました。




そんな様子を見ていると、みんな一人一人の哀しみを、




みんなで分け合って、みんなで支え合っているように見えました。




素晴らしいお友達が周りにいて、支えられて、




この子達が居なかったら、きっと私は無理だったと思います。




史織の姿は見えないけど、この先も「しおり会」を続けていこうね。




絶対、史織も一緒に参加しているから。




と、約束しました。




そして、連日、不思議な事が起き続けていて、どうやらお空のお友達のお家にも。




きっと、お空のお友達に会えて、一緒にイタズラして、ケラケラ笑っているんだと思っています。




絶対みんなそばにいてると思っています。




私は、ブログを書く事が好きです。




生前の続きの物語がまだまだ実は沢山あるのです。



また、ゆっくり紹介させて下さいね。




史織の事を忘れないでいてくれる事が、




私の喜びでもあります。




たくさんのコメント、メッセージをありがとうございました。





遺影は、この写真とずっと決めていました。



お花が好きだったので、可愛くマーガレットを背景に♡