救急外来 | 神経芽腫の娘のこと

神経芽腫の娘のこと

2017年12月3歳9ヶ月、小児がん神経芽腫と診断され、再発を繰り返しながらも懸命に生きた証、治療や娘との大切な時間をどう過ごしたか、それからの事、子どもを亡くした母親の気持ちを綴っています。2023年2月14日永眠。アメンバー申請の際は自己紹介メッセージをお願いします


【2023年2月11日の出来事】


この日、自宅で赤血球、翌日には血小板の輸血を予定していました。



夕方頃、ある部分から大量出血…



血小板が低いし、止まる気配がありません。



在宅医に連絡し、血小板を1日前倒しにしてもらえないか、



早めに来てもらえないか伝え、



血小板はもう用意出来ているので、それを持って、15分後に行きます。と、言ってもらい、



すぐに、止血剤と血小板の輸血を始めてもらいました。



しかし、なかなか止まる気配はなく、



むしろ、だんだん酷くなっていく様子…



見ている私も、これは、血小板や止血剤だけでどうにかなる気がしませんでした。



前の急変時と違って、



これは、外科的な処置が要りそう…



訪問医に、『母子センターへ連絡してみましょうか。』



と、尋ね、訪問医も、



『その方がいいような気がします。』



と仰り、母子センターへ事情を説明し、



今すぐ来てください。となりました。



娘にも、きちんと説明をし、納得した様子。



血小板を輸血しながら、病院へ向かいました。



その間もダラダラと流血。



この日は週末で、医療体制も整っていませんでしたが、



当直の内科の先生が優しく対応して下さり、



採血をしました。



また運が良いのか、以前、鼻血を止血して頂いた耳鼻科の先生も居られました。



娘もその先生を見て安心した様子。



耳鼻科の先生に止血してもらい、処置もしてもらい、



ひとまず流血していた出血は落ち着きましたが、



採血結果でヘモグロビンが5。



輸血が必要です。それも2単位。



この時点でもう20時を過ぎていたかな。



『申し訳ないですが、入院になります。いいですか?』



と、その内科の先生は申し訳なさそうに言いました。



仕方ないです。



この日は息子も付いてきてくれていたので、



『お兄ちゃんも一緒ならお泊まりでもいい。』



と、娘が言うので、お兄ちゃんの同室も許可頂き、



3人で泊まる事にしました。



処置中は、緊張し、汗びっしょりになりながら頑張っていました。




こんな笑顔を見せてくれましたが、




怖かったよね。疲れたね。




終わると、安心したのか、ぐっすり眠っていました。



本当に、よくがんばったね。



救急搬送というのは、娘の気持ちもあるので、



どうするべきか難しく、迷いましたが、



今回も機敏な判断ができたのではないかと、



自分で自分を褒めてやりたくなりました。



帰りは、娘のリクエストでららぽーとへ寄り、



またまた、大好きないちごジュース。



そして、Tくんのお誕生日プレゼントを選びました。



Tくんのお誕生日は2月15日。



それまで少しありましたが、治療も始まるし、早く渡したい。



と、娘は言い、



帰って、早速プレゼントし、Tくんはとても喜んでくれました。



翌日から治療再開でした。



娘が永眠したのは、2月14日。



Tくんのお誕生日の前日でした。



今となれば、早くプレゼントを渡しておいて良かった。という気持ちと、



Tくんのお誕生日が命日にならなくて良かった。という気持ちと…