放射線科の先生からのアドバイス | 神経芽腫の娘のこと

神経芽腫の娘のこと

2017年12月3歳9ヶ月、小児がん神経芽腫と診断され、再発を繰り返しながらも懸命に生きた証、治療や娘との大切な時間をどう過ごしたか、それからの事、子どもを亡くした母親の気持ちを綴っています。2023年2月14日永眠。アメンバー申請の際は自己紹介メッセージをお願いします


2022年10月


放射線科の先生が娘の口の中の様子を診に来て下さり、





『お口の中開けれそうかなぁ?』





と、娘に優しく話かけました。





娘は不安そうにしていましたが、





痛いながら、少し口を開けました。





『これは、痛いね。。





先生ね、しみにくい、うがいのお水を持ってきたんだけど、





試せそう?』





と。





娘はまた不安そうな顔になりましたが、





『いつも使っていたうがい薬は、めちゃくちゃしみるみたい。





ごめんね。ママ、知らなくて頑張らせてしまってた。





このお水なら大丈夫みたい。』





と、娘に伝えました。





すると、娘は、やってみると頷き、





生理食塩水でうがいをしました。





痛そうな様子は見られず、





『どうだった?大丈夫だった?』





と、先生から聞かれ、頷く娘。





『良かった。それじゃあ、このお水、お家に持って帰ってもらって、





うがいだけでも頑張ってやってみてね。





あとは、OS-1とかポカリスエットとか飲めたら点滴に近い成分も入っているし、





電解質も崩れにくいんじゃないかな。』





と、話をして下さって、






水分もできるだけ摂ると、約束をし、





フェントステープは2mgに増量。





痛み出した時のレスキューとして、





いつもの痛み止めに加えて、





今回は、ナルラピド(医療麻薬)の内服薬をお守りで持って帰る事にし、





一時退院の準備をしました。





少し心配なので、何かあった時すぐ病院へ戻れるように、





この日は、マクドナルドハウスへ一泊する事にしました。





喋れず、笑いたいのに痛くて笑えず、





ずっと無表情でしたが、遊ぶ気力は出てきたみたいです。





やっぱり、一時退院が決まって嬉しかったのかな。





しかし、この時点ではまだまだ序盤。





副作用が出始めた頃で、





この後、更に壮絶なピークを迎えるのです。